怪86
どうやら人間達の話し合いは決着がつきそうだ。
後は自分が仲間達を説得しなければならないと、花子は思った。
人間によって生み出された怪異である自分達が、人間の歴史に関わってはいけないと花子は思う。それをすれば、彼らは人間達にとって「あるかなきかの怪異」ではなく「現実的な恐怖」になってしまう。
(その怖がられ方は、あたし達が求めている怖がられ方ではないはずよ……)
忘れられていく悲しさに押し潰されて、今度は絶対に忘れられないように暴れようとしている仲間達を、花子は止めなくてはならなかった。
花子自身は、異世界に来てまで生き残ろうとは思っていなかった。日本で人の営みを眺めながら、静かに消えていくつもりだった。だけど、皆はどうしても人に忘れられたくなかったのだろう。消えてしまうことよりも、忘れられてしまうことが怖かったのかもしれない。
花子は人間達を見守る仲間達に目をやった。
(私達は、日本の子供達に生み出された、この世界では異物だ。日本にはもう私達の居場所はないと思ったけれど、もう一度ーー)
花子が仲間達の方へ踏み出そうとした時だった。
「ああああっ!!」
怒りに吠えたドノヴァンが、剣を握って地を蹴った。
切っ先は、アメリアに向けられていた。
「アメリアっ!!」
花子が叫び、仲間達の方へ向けていた体を捻って手を伸ばした。
アメリアは茫然と自らに迫る切っ先をみつめていた。
そのアメリアの体に、ユリアンが覆い被さった。
「っーー!」
剣は、ユリアンの腹に深々と突き刺さった。
「ユ、ユリアン……」
アメリアが驚愕に目を見開く。
「貴様っ!」
ショーンが剣を握る手を蹴りつけ、ドノヴァンを床に倒して抑えつけた。
「あ、姉上……無事で良かった……アメリア」
ユリアンはアメリアに向けて微笑んだ。
そして、ずるずると崩れ落ちていった。
「ユリアン……っ、ユリアン!」
アメリアが悲痛な声で叫んで、崩れ落ちたユリアンを抱き締めた。
「どうして……っ」
腹部がじわじわと赤く染まっていくのを見て、アメリアが悲鳴を上げる。
「嫌よ! ユリアン、死なないで!」
クラウスが「誰か来てくれ!」と大声を出す。ユリアンの顔はみるみる血の気を失い、腕はだらりと床に投げ出された。
「ユリアン! しっかりして、ユリアン!」
「ア……アメリア」
苦しい息を吐きながら、ユリアンはアメリアの名を呼んだ。
「僕は……本当は、ずっと……アメリアの、ことを……」
ユリアンは、ふっと顔を歪めて笑った。
「罰が……くだったんだ……」
「え?」
「自分勝手な欲望のために、アメリアを貶めて……婚約破棄させて、恥をかかせて……傷つけた、のに、僕は、……これでアメリアは僕のものだ、って、喜んでた……」
アメリアはぼろぼろと涙を流し、ユリアンをみつめた。
「ずっと……悔しかったんだ……血が繋がっていないのに……どうして他の男にアメリアを奪われなきゃいけないんだって……何度も、何度も言いそうになった。姉弟じゃないって……ごめん、アメリア」
「……ユリアン。わたくしの方こそ、謝らなくちゃ……わたくしも知っていたの。でも、気づかない振りをしていた……だって、それを周りに知られたら、ユリアンとお義母様が家から出て行っちゃうと思って……」
姉弟じゃないと知っていたし、ユリアンが熱の含んだ目を向けてくることにも気づいていた。けれど、知らない振り、気づかない振りをした。そうすれば、少なくとも学園を卒業するまでは、ユリアンと共にいられると思ったから。
「アメリア……僕は、きみを、愛し……」
ふっ、と、ユリアンの体から力が抜けた。首ががくりと傾く。
「ユリアン?」
アメリアが呼びかけても、反応がない。
「あ……あ……」
体を震わせ、絶望の表情で涙を流すアメリアを見て、花子はすっとその傍らに立った。




