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怪85




 崩れ落ちた公爵をみつめるアメリアに、セレナがそっと囁いた。


「公爵様を恨まないであげて。公爵様は本当に貴女を愛しているのよ」


 アメリアは振り向いて義母を見た。アメリアが幼い頃から「嫌がらせ」と称して他愛のないイタズラを仕掛けてくる少女のような人だ。彼女はいつもイタズラする時と同じ笑みを浮かべて言った。


「離れで暮らさせたのも、監視の目だらけの本邸から遠ざけたかったからよ。私とユリアンのことは監視と一緒に押しつけられた厄介者としか思っていないわ。公爵の愛する家族は貴女と亡くなった奥様だけよ」


 セレナはそう告げると、次にユリアンを見た。


「ごめんなさいね。ユリアン……ずっと騙していて」


 ユリアンは母の言葉に瞳を揺らして、アメリアを見た。アメリアもユリアンを見たので、二人の視線が合った。


 話についていけずに、クラウスとアメリアをきょときょと交互に見比べていたメルティは、謁見の間の真ん中に立ち尽くすショーンに駆け寄った。


「ショーン! クラウスとアメリアさんは何も知らなかったのだから、罪はないわよね? 仲間達にそう言って!」


 ショーンはメルティをちらりと一瞥して、再びまっすぐに玉座の国王を見た。


「ショーン!」

「……陛下。「取引」を認めますか?」


 すがりつくメルティを無視して、ショーンは硬い声で尋ねた。


「ああ。認めよう」


 国王はあっさりと言った。


「では、陛下と公爵、それから「取引」に関わったもの全員が、西の王国へ連行されることになります」

「そうか……」


『紅きチャンジャール公』は国内のみならず、周辺諸国からも子供や若者をさらって帝国へ送っていた。真実が明るみになれば、西の王国は引き渡しを求めてくるだろう。


「ふ……ようやくこの汚れた玉座から降りられる……」


 国王は情けなく眉を下げて微笑んだ。彼が玉座から立ち上がるのを、誰もが声もなくみつめたーーが、一人だけそれを認めない者がいた。


「ふざけるなっ!!」


 怒りの声を上げ、手にした剣を玉座へ向ける。


「帝国を裏切るつもりか!? こんな弱小国など、すぐに滅ぼせるのだぞ! それがわかっていたから、先代の国王は帝国へ忠誠を誓う道を選んだのではないか!」


 コークリー伯爵ーードノヴァンが恫喝するが、国王は些かも動揺しなかった。


「ドノヴァン・ベイジ卿。確かに帝国は強大だが、長きにわたる西の王国との戦争で疲弊しておろう。そもそも、西の王国を相手にしている間は、他国に攻め込む余裕がないのではないか?」

「何を……っ」

「だからこそ、帝国は「取引」などを申し出たのではないか?」


 ドノヴァンは口を噤んだ。


「労働力」が欲しいのなら、テイステッド王国へ攻め込んで国民を奴隷にした方がずっと話は早い。それをしなかったのは、西の王国へ戦力を集中させたいがため。そのために、ほぼ中間に位置するテイステッド王国を黙らせておきたかったからだ。


「我らの父は帝国を恐れ「取引」に応じたが、我らの子が帝国を恐れてくれるとは限らんぞ」


 国王が言う。ドノヴァンは悔しげに顔を歪めた。



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