怪8
トイレの花子さん。それは昭和の時代に生まれた都市伝説である。
人の口から始まり、日本全国に膾炙して、やがてその存在が実体化して花子さんとなった。
その時代、同様に次々と人の口から口へ伝えられることで存在感を持ち、実体を得た都市伝説達がいた。
彼らは昭和の子供達を時に怯えさせ、時に楽しませ、人の口から生まれた都市伝説として生きてきたのだ。
それは平成の世となっても同じだった。
だが、平成も終わりに近づく頃になると、世の様相が変わってきた。デジタル時代の到来である。
画像が鮮明になり、昔ながらの心霊写真が絶滅していく反面、素人でも精巧な画像加工が可能となり、映画のような出来の心霊動画などが世に溢れた。
それらの鮮明な画像で目の肥えた令和の子供達は、昭和に生まれた都市伝説にとってはもはや未知なるモンスターであった。
令和の若者達によってスマホで姿を盗撮され出没場所を特定されSNSに誹謗中傷を書き込まれた都市伝説の主達は、心を折られた。昭和の子供達が懐かしい。あの頃は良かった。
帰りたい。子供達が素直に学校のトイレや夕暮れの帰り道を怖がってくれたあの頃に。
しかし、人の営みは止められない。
人の口から生まれ、人に認識され実体化した都市伝説の主達は、人から忘れられれば消えていく定めであった。
もう、この国に我々の居場所はない。
そう思い知った都市伝説の主達は、大きな決断を迫られることとなった。このまま消えていくか。それとも、新天地で再び子供達の驚異となって生き続けるか。
「皆、新たな世界に移ることを選んだわ。そして、この世界にやってきたの。スマホもSNSもないこの世界に」
花子は沈鬱な表情で語った。
「でも、あたしは最後まで反対した。だって、あたし達は日本の子供達の噂から生まれたのだもの。日本の子供達と共にあるべきなのよ。それに……」
花子はぐっと拳を握りしめた。
「日本のトイレこそ至上ぉぉぉっ!! 日本に帰りたいぃぃっ!!」
本音はそれだろう。
「でも、あたし一人じゃ日本に帰ることができないの。皆で力を合わせないと、異世界に渡ることができない。だから、こっちの世界でばらばらになった皆を集めて、説得したいのよ」
花子はアメリアの顔をみつめた。
「お願い! 皆を捕まえるために力を貸して!」