怪79
北の帝国が求めた「忠誠」ーーそれは、「支援」と「労働力の提供」だ。
西の王国と戦う北の帝国へ、金や物資を送って支援する。そして、「労働力」として、子供や若者を差し出すこと。
最初は、孤児や犯罪者を、それが難しくなれば誘拐に手を染めてまでも、テイステッド王国は自国の平和と引き替えに帝国へ媚びへつらう道を選んだ。
先代の国王からその負の遺産を受け継いだヴィレム三世は、己れの無力さに絶望し、すべてに無気力になってしまった。
筆頭公爵家であるアーバンフォークロア家は、罪の意識に苛まれながらも、国の平和のために帝国の要求に応え続けた。
帝国から送り込まれてきた男ドノヴァンにコートリー伯爵位を与え、誘拐と帝国への移送を受け持つ者達を組織した。
初めに自分達を『紅きチャンジャール公』と名乗りだしたのが誰なのかはわからない。
書物の中でテイステッド王国の創始者に滅ぼされた悪役の名を名乗るのは、いつか誰かに滅ぼされたいという願いが込められていたのかもしれない。
少なくとも、アーバンフォークロア公爵は、心のどこかで願っていた。いつか、誰かが自分を裁きに来てはくれないかと。
「ふん。今さら娘がどこかに行ったぐらいで騒ぐな」
コートリー伯爵は床に抑えつけられたアーバンフォークロア公爵を見下ろして蔑んだ。
「しかし、どうやらこの国は帝国への忠誠を忘れたらしい。ならば、皇帝陛下の御力でこの国に忠誠を思い出させてやらねばなるまい」
「何をっ……」
「これまで、この国が見逃されてきたのは、貴様等が従順だったからだ。逆らうのであれば、我ら帝国の敵に容赦はしない」
コートリー伯爵は部下に帝国への報告を命じると、壁に掛けていた剣を手に取り公爵に刃を突きつけた。
「お前は有能だから出来れば殺したくないのだが……これまで通り帝国のために働くなら生かしておいてやる。選べ」
公爵はぎらぎら目を光らせてコートリー伯爵を睨み上げたが、すぐにふっと嘲るように笑った。
「何がおかしい?」
「……今なら、陛下が殿下の婚約破棄を認めた理由がわかるな」
秘密を抱える者同士、王家と公爵家の結びつきを強めるため、クラウスとアメリアの婚約は整った。だが、若者というのは予想外のことをしでかす。大人の思った通りには動いてくれない。
だが、その向こう見ずな力こそが、若者の武器でもある。その力があれば、帝国に立ち向かうことが出来るのかもしれない。自国や他国の子供を誘拐して帝国に差し出すような卑怯な親達に、決然と反旗を翻して。
「わしを殺せ。地獄から帝国を呪い、貴様らの足を引っ張ってやろう。地獄の亡者どもに貴様らの名を教えておいてやる。地獄の底まで落とされるがいい」
「貴様っ……」
カッとなったコートリー伯爵が公爵の首に刃を振り下ろそうとした。
「お待ちくださいっ!!」
割って入った声に、コートリー伯爵と公爵は同時に声の主を見た。
「お父様……もう、終わりです」
老婆の背中から降りながら、セレナが言った。
「セレナ? なんだ、その老婆は!?」
突然現れた娘と謎の老婆に、コートリー伯爵は狼狽えた。だが、セレナはそれに構わずに語りかける。
「お父様。私はアーバンフォークロア公爵家へ監視の目を送り込むための道具として嫁ぎました。私の輿入れに伴って、帝国から連れてきた部下を侍女や使用人として公爵家へ送り込んだ……公爵家は常に監視の目が光る、落ち着かない場所でしたわ」
コートリー伯爵は胡乱げに眉をひそめてセレナを見た。セレナが老婆の背に乗ってここへやってきた理由も、何故か甲冑を着込んでいる理由も、コートリー伯爵にはわからなかったからだ。
「私、ユリアンを産んだ時に、一つ決意を致しました。もしも将来、この子がこの国と帝国の取引を知り、それを破棄しようと思ったなら、全力で力になろうと。そのために、私の知ることをすべて書き記した手紙をある場所に隠したのです」
「なに……?」
「その手紙を、とある者に託しました。今頃は、この国の貴族の手に渡っているでしょう。帝国との取引にはいっさい関わっていない、下位貴族の手に」
セレナは何かをやり遂げたような顔で微笑んだ。




