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怪67





「『ドッペルゲンガー』というのは、ある人間とまったく同じ姿形の幻影が現れるという怪奇現象なの」


 テーブルから降りた花子が説明すると、クラウスは青い顔で食ってかかった。


「今のは、メルティではないんだな!? 偽物なんだな!?」


 厳密に言うと「偽物」とは少し違うのだが、花子はクラウスを安心させるために頷いておいた。


「本体がいない場所で本体がしないようなことをして困らせる奴なの。よく見れば気づけたのに……ぬかったわ」


 花子は悔しそうに唸った。

 その姿を見て、ショーンが眉をひそめた。


「お前は何者なんだ? 何故、そんなことを知っている?」


 花子は目線を上げてショーンを見た。ショーンは花子の目の中から何かを読みとろうと探った。だが、幼く見える子供の目には世を知り抜いた大人としか思えない暗い影が宿り、容易に底を見通せなかった。


「あたしはああいった物を捕まえるためにここにいるの。あなたは関わらない方がいいわ。あたし、男は嫌いだし」


 花子はふん、とそっぽを向いた。


「メルティは、無事なんだな……」


 クラウスは茫然としつつもほーっと息を吐いた。


「さて、アメリア。帰りましょ」


 花子は青ざめたアメリアの腕を掴んで引っ張っていこうとした。だが、それをショーンが引き留める。


「待て。詳しい話を聞きたい」

「今、話したでしょう?」

「とても足りない。きちんと一から、お前が何者なのかから話してもらおう」


 花子とショーンが睨み合った。


「人にすべて話せというなら、あんたもすべて話すのよ?」

「何……?」

「あたしとアメリアの邪魔しないでちょうだい」


 花子はショーンの手を振り払って、アメリアとハンナを強引に連れてガーデンを出た。


「花子さん……」


 アメリアは不安そうに眉を下げた。


「ごめんね、アメリア」


 花子は悔やんだ。『ドッペルゲンガー』にすぐに気づけなかったことを。


(油断していた……いや、違う。あたしの力が、弱まっている……)


 都市伝説は人の口から生まれた。人の口から語られるほどに、実体を持ち力も強くなる。人の恐怖が、糧となる。

 この世界では、花子の恐怖が語られない。


『トイレの花子さん』を恐れる者がいないこの世界で、己れの力が急速に失われつつあるのを花子は感じていた。





 やかましい足音が響いてきて、ペレディル男爵は怪訝な表情をした。


「お父様ぁぁっ!」


 淑女にあるまじき勢いで飛び込んできたメルティに、ペレディル男爵は小さく溜め息を吐いた。


「メルティ。どうしたんだね」

「お父様!! 聞いて!!」


 メルティは泣きながら父親に訴えた。


「おっさんの顔した犬があたしに「何、見てんだよ」って言ったのっ!!」

「そうか。今日は早く寝なさい」


 ペレディル男爵は興奮している娘を優しく諭し、部屋へ送った。


「最近いろいろあったからな。疲れているんだろう……だが、あと少しだ」


 ペレディル男爵は前を見据えて呟いた。




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