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怪66





 なにも動揺することはない。家族愛ならおかしくない。

 そう自分に言い聞かせるも、指先が震えてしまう。


「メルティ? 何の話だ?」


 クラウスが眉をひそめて尋ねると、メルティは当たり前のように言う。


「だから、ユリアンがアメリアさんを好きだって話。クラウスは気づいてなかったの?」

「いや、腹違いとはいえ姉弟だ。家族の愛情はあるだろう」


 クラウスが至極真っ当な意見を述べるが、メルティは違う違うと首を振った。


「家族じゃなくて、恋愛感情だってば」

「……メルティ嬢。冗談では済まされないぞ。その辺で口を閉じろ」


 とんでもない話題にさすがにショーンも口を挟んだ。アメリアはカップの中のオレンジ色の液体をみつめて動けずにいる。


「冗談じゃないってば。なんとなくそうじゃないかって思ってたけど、確信したのは婚約破棄した途端に私達に冷たくなったからよ。ユリアン君はアメリアさんとクラウスの仲を壊すのが目的だったから、最初から婚約破棄に協力的だったんだわ」


 メルティは普段は思慮が浅く愚かな娘であるが、ユリアンが自分に惚れているから姉を裏切ってでも協力してくれたとまでは思い上がってはいなかった。婚約破棄成功後に急に態度を変えられて、そうしてユリアンをよく見てみれば、彼が誰に恋しているか気づくことが出来た。そういう方面には有能に働く、恐るべき恋愛脳である。


「よせメルティ。この場に公爵が……いや、他の貴族がいても大変なことになるぞ」


 さすがにクラウスもメルティを諫める。

 他人の家の姉弟の間に恋愛感情があるなどと、名誉毀損どころの話ではない。その場で切り捨てられても文句が言えない。

 だが、メルティは眉を下げて言った。


「だって……血が繋がっていないんだから、別にいいじゃない」


 がしゃんっ


 アメリアがカップを取り落とした。


「アメリア様っ」


 ハンナが席を立ってこぼれた液体からアメリアを離す。


「大丈夫かアメリア。すまない、メルティが妙なことを……」

「クラウスだって、薄々気づいていたんじゃないの? ユリアンに異常な目で睨まれてること」

「メルティ!」


 クラウスがメルティを窘めた。次の瞬間、花子がテーブルの上に飛び乗り、メルティに向かって手を伸ばした。

 すると、メルティの姿がふっとかき消えた。


「なっ……」


 クラウスが絶句する。


「……花子さん? 今のは……」


 アメリアも茫然とする。

 花子はテーブルの上に乗ったまま、「ちっ」と舌打ちした。


「油断したわ。今のは『ドッペルゲンガー』よ」

「ド……?」

「な、何だったんだ今のは!?」


 クラウスが叫ぶ。ショーンも顔色を変えている。ハンナはアメリアを支えながらも震えていた。




 一方その頃、


「クラウスってば、なんで勝手に帰っちゃったのかしら?」


 まだ学園内にいるのではないかと探し回ったというのに、どうやらアメリア達を伴って帰っていったというではないか。


「アメリアさんと何か話があるのかしら? お茶会したいって言ったから、その話をするため? でも、それなら私を除け者にしないわよね?」


 鞄をぶんぶん振り回しながら、メルティは頬を膨らませた。既に夕陽が辺りを赤く照らしている。メルティは学園の玄関から校門までの長い前庭をぶつぶつ言いながら歩いていた。


「もー! 明日とっちめてやるんだから!」


 人気のない夕焼けの道で決意したメルティは、ふと、校門の門灯の下に白い犬がいるのに気づいて足を止めた。


 白い犬はこちらに背を向けて、草でも食んでいるのか芝生に顔を突っ込んでもぞもぞ動いている。

 学園の中に犬なんて、とメルティが目を瞬いた。すると、犬がゆっくりとメルティを振り向いた。


 それは犬ではなかった。いや、犬であったが、犬ではなかった。


 姿形は間違いなく犬なのだが、顔が犬ではなく人間そのものだったのだ。


 その、犬、のようなもの、はメルティをじとりと見て、口を開いた。


「何、見てんだよ」




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