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怪62





 ハンナは鏡を見ないように踊り場を駆け抜けた。

 この鏡の中にアメリアが引き込まれ、再び抜け出てきた、あの夜の記憶がいまだ鮮明にハンナの脳裏にこびりついている。


(あれも『紅きチャンジャール公』の呪術だったのかしら? 恐ろしいわ!)


 ハンナはあまりの恐怖に腰を抜かしてしまったし、今でも思い出すと震えてしまうが、鏡に引き込まれたアメリアは何事もなかったように日常に戻っている。


(さすがだわ、アメリア様……私ももっとお役に立たなくては)


 帰宅する馬車に乗り込んだハンナは、そう決意した。

 事件の証言のために三日ほど学園を休んだため、放課後に補習を受けていて帰りが遅くなった。外はすでに暗く、街灯に火が灯っている。

 人気のない通りにさしかかった時、後方からばたばたばたっと足音が聞こえてきた。


 何気なく、ハンナは窓の外を見た。


 後方から足音と共に何かが迫ってくる。


 それはものすごい速さで馬車の横に並び、あっという間に過ぎ去っていった。


 ハンナは唖然として遠ざかっていく足音を聞いていた。




「老婆が?」


 話を聞いたアメリアが目を丸くした。


「そうなんですっ! おばあさんが馬車を追い抜いて走っていったんです!」


 朝、登校するなりアメリアの元へやってきたハンナが昨夜遭遇したという不思議な老婆について訴える。


「すごい後ろから走ってきて、あっという間に見えなくなっちゃったんです!」

「ものすごく足の速いおばあさんだったんですのね……」

「速すぎますよ!」


 ハンナは興奮しているが、足の速いおばあさんがいたというだけでは怪異とはいえない。アメリアはそう思ったのだが、姿を消して傍にいる花子がアメリアの耳元でそっと囁いた。


(それは都市伝説『百キロババア』よ)

「百キロ……バ……?」


 アメリアは咄嗟に口を押さえた。


(その『百キロバ……老婆』とは、どんな都市伝説なのですか?)

(走っている車をものすごいスピードで追い抜いていく老婆なのよ)

(その方は何が目的でそんなことを?)

(走ることに目的などいらないのよ……風になりたい。それだけよ)


 花子の声を聞いて、アメリアはハンナに尋ねた。


「ハンナ様。そのおばあさんを見た場所を教えてくださる?」





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