怪56
気付かないふり、忘れたふり、知らないふりで自分の気持ちさえ誤魔化した。だけど、それで正しかったはずだ。
そして、このまま花子と共に別の世界に逃げてしまえば、すべてなかったことになるような気がしていた。
アメリアは頭を抱えてうずくまった。
「何故なの……何故、こんなものを見せるの……?」
「むぐぅ~むぐぐぅ」
アメリアの問いに応えるように、くぐもった呻き声が聞こえた。
「ユリアンはわたくしの異母弟よ。公爵の子よ……」
「むぐぐぐっ」
「お父様は何も知らない。大丈夫。わたくしさえ何も漏らさなければ、ユリアンもお義母様もこのままで、罰されることもない……」
「むぐぐぅぐぅ!」
呻き声がうるさくなって、アメリアは膝に埋めていた顔を上げた。
いつの間にか鏡に映っていた像は消え、代わりに鏡の前に縛られて猿ぐつわをかまされたメルティが荷物のように転がっていた。
「ペレディル様?」
驚いたアメリアが駆け寄ると、メルティは涙目でアメリアを睨んだ。
「……っぷは! さっきから呼んでるのに! 無視しないでよ!」
「申し訳ありません。まさかペレディル様の声だったとは……」
猿ぐつわを外してやると、メルティは元気に悪態を吐いた。怪我もないようで何よりだ。
「なんかよくわかんないけど、ここって鏡の中みたいなの! 食堂の鏡の中に引きずり込まれたのよ!」
メルティは自分が男達に捕まって殺されそうになったこと、逃げようとしたところを鏡の中に引きずり込まれたことを説明した。
「どうしようと思っていたら、急にあんたが鏡の中から出てきて、一人でなんか喚きだして頭を抱えるんだもん! しっかりしなさいよ! 異空間に閉じこめられたくらいでこの世の終わりみたいな顔してんじゃないわよ!」
「ええ……?」
メルティにキャンキャン吠えかかられて、アメリアは当惑した。異空間に閉じこめられたぐらいって、大変な事態だと思うのだが。
「それより、馬車で来た連中ってアンタ? なんでこんな夜中に学園に来るのよ?」
「ええと、クラウス様が呪いを解くとおっしゃって……」
「クラウス? クラウスも来ているの!?」
メルティはアメリアに縄を解かれながら顔色を変えた。
「なんでクラウスを連れてきているのよ!? あんなひ弱なモヤシ野郎、連れてきたって仕方ないでしょうが! 力仕事なんか絶対出来ないわよ! 私より弱いわよ!」
「ええ……?」
ひどい言われようである。
しかし、実際にメルティはトイレにアメリアを閉じこめようとした時もクラウスではアメリアを抑えられないだろうから閉じこめ役を買って出ていた。気配りの出来る女なのだ。
「校内には私を殺そうとした二人組がいるのよ! クラウスに何かあったらどうするのよ!?」
言われて、アメリアもはっと気づいた。クラウスだけではなく、ハンナもいるのだ。花子はおそらく平気だろうが、メルティを殺そうとしたという二人組がクラウスやハンナと鉢合わせしたら大変だ。
縄を解かれたメルティが立ち上がった。その時、くつくつと、愉快そうな笑い声がして、アメリアとメルティは声の方を振り向いた。




