怪41
「安心して。『紫鏡』が直接誰かに危害を加えることはないわ」
花子が断言すると、ハンナははっと息を飲んだ。
「本当に?」
「ええ」
ハンナの身体からへなへなと力が抜けていった。アメリアも安堵した。『赤いチャンチャンコ』や『メリーさん』のように狙った相手に危害を加えようとしてくる怪異が相手だと、アメリアもやはり恐怖を感じてしまう。
「ただし、安全な相手という訳ではないわ。いいえ。陰湿さでいえば、かなり精神を疲弊させられる相手よ」
アメリアと花子は一度目を見合わせてから、花子に問いかけた。
「いったい、どのような魔術なんですの?」
「うーんと……これは「暗示系魔術」の一種よ!」
「暗示系?」
花子はうーんと首を傾げたり目を瞑ったりしながら説明する。
適当に設定を考えながら喋っているだけであって、もったい付けているわけではないのだが、何も知らないハンナからはあまりに恐ろしいために言いよどんでいるように見えて背筋が冷たくなった。
「えーとね……知らない間に暗示にかけて、それから、獲物をしとめる、っていう陰湿な奴なのよ」
「知らないうちに、暗示に?」
「つまり、鏡が紫に染まるのを見た人が、暗示にかけられるということ?」
アメリアは尋ねながら気遣わしげにハンナを見た。
「見た人、には限らないわ。これは、言わない方がいいと思うんだけど……」
「言ってちょうだい! 何も知らずにいる方が恐ろしいわ!」
ハンナが花子に詰め寄った。
一方、ユリアンはじりじりと三人の席に近づいていた。
姿勢を低くし、食堂のテーブルや椅子の隙間を縫うように進む姿は怪しい以外の何者でもない。夕日色の髪がヒョコヒョコ動くので目立つことこの上ない。
(あの子供……またアメリアを危険に巻き込むつもりだな! アメリアは俺が守ってみせる!)
性質の悪い付きまとい野郎ほど「俺が彼女を守らなければならないんだ!」とかヒーロー願望ダダ漏れの言い訳をするものである。
さて、ユリアンが食堂の中を低い姿勢でうろついている最中、そんな公爵令息に関わりたくなくて食堂から出て行った他の生徒達とは入れ違いに、クラウスが入ってきた。
「なんだ? 今日はずいぶん人が少ないな? こんなにすいているのならメルティを誘って茶を飲むか……ん? あれは」
見覚えのある夕日色がヒョコヒョコと動いているのを見かけて、クラウスはそちらへ向かった。
「ユリアン。お前、何をしているんだ」
「あ? ギリギリ王太子クラウス殿下、邪魔しないでください。邪魔です」
「邪魔って2回言う必要あったか!? ていうか、ギリギリ王太子ってどういう意味だ!」
「しっ! 姉上に気付かれる!」
言われてユリアンの進行方向を見れば、アメリアが二人の令嬢と茶会をしていた。
「なんだ、アメリアじゃないか……」
最近、待ち伏せしていても現れないので久しぶりに姿を見たな、と思いながら様子を窺うと、アメリアともう一人の令嬢は顔を青くして小さな子供を問いつめている。
「なんだ、あの小さな子供は?」
腐っても王太子、学園にいるはずのない年齢の少女の姿に違和感を覚えて眉をひそめた。
「アメリアが引き入れたのか? 注意しなくては……」
「ちょっと! 邪魔王子! 邪魔しないでください! 姉上に気付かれる!」
「不敬だぞ! ええい、放せユリアン! 誰が邪魔王子だ!」
腰にしがみつくユリアンを振り切って、クラウスはアメリア達の喫茶スペースに近づいた。




