怪40
朝、授業が始まるまでのひととき、ある少女は自慢の金髪を化粧室の鏡の前で整えていた。その彼女の前で、彼女の姿を映す鏡が見る間に変化した。
ある少女は、放課後、踊り場の階段でそれを目撃した。
また、ある少女は科学室で自習をしていて、ふと気配を感じて振り向いた時、それを目にした。
少女達は、それが何を意味するかはわからないものの、不吉を感じて怯えた。
ハンナ・オリアーノは放課後になるや急いでアメリアのもとへ向かった。
「最近、女子の間で変な噂が流れているんです」
「噂?」
「ええ」
ハンナは深刻な顔で頷いた。
食堂にいくつか設けられている壁で小さく区切られた喫茶スペースで、花子と三人で顔を寄せ合わせている。端から見ると美しく愛らしい少女達のお茶会であるが、話し合われている内容は学園で起こった怪異についてである。
「どのような噂なんですの?」
「なんでも、鏡が……」
「鏡?」
「鏡が、突然、紫色になったそうなんです!」
ハンナは青ざめた表情で言った。
「鏡が、紫に……」
アメリアはことっと首を傾けた。
確かに怪異であるが、鏡の色が変わるだけなら、『赤いチャンチャンコ』や『メリーさん』と比べて無害そうだ。そう思ったのであるが、ふと、ハンナが小刻みに震えていることに気づいた。
「……実は、私も見たのです。階段の踊り場の鏡が、一瞬だけ紫に……気のせいかと思ったのですが……」
「なるほど。それは『紫鏡』ね」
花子が神妙な口調で言った。
「『紫鏡』?」
アメリアとハンナは花子に注目した。
花子はお茶のカップを片手に持ち、幼い面立ちに似つかわしくない難しい表情で眉をしかめた。
「ちょっと厄介ね。捕まえにくいわ……」
「そ、その『紫鏡』というものも、『紅きチャンジャール公』の使う魔術なのでしょうか!?」
ハンナが戦慄きながら尋ねる。ハンナは「鏡が紫に変わった」という噂を聞いてすぐに、自身もその現象を目にしていたことに思い当たった。そして、これは『紅きチャンジャール公』の魔術の一種ではないかと不安に駆られた。
「複数の女生徒が目撃しています! 『紅きチャンジャール公』の仕業ならば、彼女達が危ない!」
ハンナはアメリアに訴えた。
「アメリア様! 今すぐ学園長に相談し、彼女達の身の安全を図るべきです!」
アメリアはハンナの勢いに押されながら、花子に目をやった。
怪異のことを学園長や教師達に知らせる訳にはいかないが、女生徒の心配をするハンナを宥めるのは難しそうだ。
「落ち着いてハンナ。『紫鏡』はそう差し迫った驚異ではないわ」
花子はそう言って茶を啜った。
堂々と姿を現している花子だが、その態度があまりに堂々としすぎていて、誰も学園に部外者がいると突っ込まない。アメリアが傍にいるので公爵家の客人ではないかと思われて、教師陣すら何も聞かずに黙認している。
授業中は姿を消しているので別にいいだろう、と花子は考えている。
ただし、花子の存在を認めていない男が一人いた。
(あの子供~っ! また姉上の傍に……っ! どこから学園に入ってきたんだ!!)
陰から様子を窺いながら花子を睨みつけるユリアンである。
彼は不穏な組織と戦わんとしているアメリアを案じ、常に見守っているのである。ストーカーと言うなかれ。




