怪37
「どういうことだ……っ」
オットー・アーバンフォークロア公爵はもたらされた報告に耳を疑った。
「見張りが全員殺されただと……?」
このところ夢見の悪いせいで鈍く痛む頭が余計に痛くなる。
「それで、「犠牲者」もすべて逃げたそうで……」
「くっ! 役立たずどもがっ!!」
オットーはワイングラスを壁に叩きつけた。
「どいつもこいつも……国を守る気はないのか!? この国が生き残るためにはそれしかない……後戻りは出来んのだぞ!」
寝台に身を起こして、今日が休みで良かったとアメリアは思った。
「ひどい顔ねぇ。眠れなかったの?」
花子が顔を覗き込んで尋ねてくる。
「いろいろ……考えてしまって……」
アメリアは顔にかかる髪をかき上げて寝台から降りた。
窓辺に立ち、朝の庭をみつめる。いい天気だ。
「……花子さん。『メリーさん』は、次は他の人を襲うのでしょうか?」
アメリアは庭をみつめたまま尋ねた。
「そうね。ハンナはもう狙われないと思うわ。『メリーさん』は慎重派っていうか、一度失敗したものに執着する性質じゃないから」
「そう。なら、新たな怪異が起きるまでは、何も出来ないのかしら」
花子はアメリアの背中を眺めて思案した。
(あの弟のせいで、ぐちゃぐちゃ悩んじゃってるわね。これは、何も考えられないぐらい体を動かした方がいいわ)
そう思った花子は、アメリアに修行を提案した。
昨夜の『メリーさん』のように、神出鬼没な怪異を捕まえるためには素早さが必要だと説得すると、アメリアはわかったと言って昨日と同じ男子服に着替えた。
一睡も出来なかった。
爽やかな朝だというのに、ユリアンはどんよりと打ち沈んでいた。
(ああ……アメリアに気持ち悪いと思われた……そうだよな。アメリアは、僕のことを「異母弟」と思っているんだ。それなのに、あんな、異性として見ているとでも言いたげな台詞を……)
ユリアンは頭をかきむしって唸り声を上げた。
(もう、言ってしまおうか……僕達は血が繋がっていない、と)
でも、それを言ったことで余計に遠ざかられたら、いや、アメリアから引き離されたらどうしよう。そう思うと、ユリアンには決断が出来なかった。
「はあ……」
思わず溜め息を吐いた時、アメリアの部屋の方からどすんばたんと暴れ回るような音が聞こえてきた。
「もう一回行くわよー! そーれっ!」
「くっ! 後少しっ……」
「ほらほら、今度はこっちよー」
「……何を、しているんです?」
物音が気になって姉の部屋を覗いたユリアンは、そこに広がっていた光景に目を丸くした。
「見ればわかるでしょう! 鍛えているのよ!」
「……姉上が、鍛える必要なんかないでしょう? というか、どういう鍛え方なんですか?」
「釣り竿に付けた人形を捕まえる修行よ!」
アメリアの部屋では、タンスの上に登った花子が手に釣り竿を持ち、アメリアの周りに人形を投げてすぐに引き上げるという動作を繰り返している。そして、それを捕まえようとしてぴょんぴょん跳ねているアメリア。
まるっきり、猫じゃらしと猫である。
「ユリアンも鍛える?」
「いえ、遠慮します」
それ以上突っ込むことが出来ず、ユリアンはすごすごと自室に戻ったのだった。




