怪16
ハンナはこう説明した。
トイレから出ようとしたら、戸の閉まった個室から老婆の笑い声がした。
『ひひひ……ひひひ……』
『どなた?』
『ひひひ……赤いチャンチャンコいらんかねぇ~』
『チャンチャンコ? 何ですのそれは?』
『赤いチャンチャンコいらんかねぇ~』
『申し訳ありませんが、チャンチャンコとはなんのことかわかりませんわ。それより、どうして出てこないのですか?』
『赤いチャンチャンコいらんかねぇ~』
『もしかして、出られないのですか? 気分がお悪いの?』
『赤いチャンチャンコ……』
『待ってて! すぐに誰か呼んでくるわ!』
ハンナの話を聞き、アメリアも顔を青くした。
「おばあさんが閉じこめられているのね!? すぐに助けなくては!」
どうしてこの学園に老婆がいるのかはわからないが、今は助けるのが先決だ。
「わたくしがおばあさんの元へ行きます! ハンナ様は先生を呼んでいらして!」
「わかりました!」
ハンナを送り出し、アメリアはトイレへ駆けつけた。
「待ってよアメリア!」
「花子さん?」
トイレの入り口の前に、花子が立ちはだかった。
「これは都市伝説『赤いチャンチャンコ』よ!」
「なんですって!?」
アメリアの驚愕の声が、人気のない西棟に響き渡った。
王太子クラウス・ヴィン・テイステッドは苛立っていた。
苛立ちの原因はアメリア・アーバンフォークロア公爵令嬢だ。
(アメリアの奴……どうして平然としているんだ!)
婚約を破棄したというのに、一夜経ったらアメリアは何事もなかったかのように済ました顔をしている。惨めな気持ちになっている様子もない。
(そういうところが可愛くないんだ! それに、ユリアンも今日はこちらに来ない。どうなっている? そして、今朝のトイレットペーパーはなんだったんだ!? 誰の仕業だ!? みつけたらただじゃおかないからな!)
「クラウス~。髪にトイレットペーパーのカスが付いてるよ~」
「ええい! メルティ! アメリアの奴は反省が足りない! 懲らしめてやらなければ!」
今日一日、体のあちこちからぽろぽろ落ちてくるトイレットペーパーのカスに、クラウスは我慢の限界だった。
「懲らしめるって、何をするの?」
「なんでもいい! あの取り澄ました顔を恐怖に歪ませてやりたいんだ!」
王太子が人前で口にしていい台詞ではない。
「うーん。でも、クラウス。アメリアさんの怖いものって知ってるの?」
「はあ? そんなものは……知らないが、虫とかだろ」
「虫はクラウスもダメだよね? 芋虫が向かってきた時、パニックになってたもんねぇ?」
「うっ……」
クラウスは黙り込んだ。確かに虫は苦手である。
どうしたものか、と考えながら首を傾げると、白いカスがぱらり、と落ちてくる。
「……そうだ! トイレに閉じこめてやろう! 人気のない西棟のトイレに閉じ込めれば、叫んでも誰も助けに来ない!」
「え~、でもそれじゃあ、アメリアさんかわいそうじゃない」
「ふっ。心配するな。俺達がちゃあんと助けてやるんだよ」
クラウスの作戦はこうだ。
アメリアを西棟のトイレに呼び出す。→顔を隠した王太子達がアメリアを閉じ込める。→アメリアが不安で泣き出す。→王太子達がアメリアを助けてやる。→アメリアは王太子達に感謝して泣いて頭を下げる。
「どうだ!」
「すっご~い、クラウス天才~!」
どの部分にも天才的な何かは一つも感じ取れないのだが、メルティは大袈裟にクラウスを持ち上げる。
「ふっ。そうだろうそうだろう! うはははははっ!」
真に受けて高笑いする王太子の一連のやりとりを聞いていたクラスメイト達は一様に「この国、大丈夫かな……?」と思った。




