怪15
西棟のトイレは日当たりが悪く、昼間でも薄暗い。資料室に教材を片づけに行った帰りにトイレに立ち寄ったが、薄気味悪い雰囲気に後悔した。
(いやだわ……早く出よう)
用を済ませ、洗面台で手を洗う。蛇口を閉めたのと同時に、背後で声がした。
ひひひっ
ハンナは驚いて振り向いた。薄暗いトイレにはハンナの他に人はいない。
けれども、戸の閉まった個室の一つから、笑い声が聞こえたのだ。
『ひひひ……ひひひ……っ』
「だ……誰かいるの!?」
恐怖に身をすくませながらも、ハンナは気丈に声を上げた。
『ひひひ……ひひひひ……赤いチャンチャンコいらんかねぇ~……』
その不気味な笑い声は、しわがれた老婆の声だった。
思っていたほど酷い一日にはならなかった。
人から遠ざかられるのも、こちらを見てひそひそ囁かれるのも、ずっと前からのことだ。前と何も変わらない。
アメリアはほっと息を吐いた。
(目には見えないけれど、花子さんがいてくれるから楽に思えるのかも)
姿は目に見えなくとも、ずっと花子の気配を感じていた。それがとても心強い。
(私も、花子さんの力にならなくちゃ)
授業を終えると、アメリアは人気のない空き教室へ赴き、誰もいない空間に声をかけた。
「花子さん。出てきてちょうだい」
すると、教室の隅に赤いドレスの少女がすっと姿を現した。
「学校の授業って、どこの世界でも似たようなもんね」
「日本の学校もここと似ているのですか?」
「まあね。それより、今日一日噂話に耳を傾けていたけれど、あたしの仲間の仕業らしき話はなかったわね」
花子は顎に手を当てて思案する仕草をした。
「噂にもなっていないんじゃあ、この学校にはいないのかしら?」
「花子さん。わたくしも手伝いますわ。どのような噂を見つければよろしいの?」
アメリアが花子に探すべき噂の内容を尋ねた時だった。急に扉を開閉する音が響いて、廊下を走ってくる足音が響いた。
「どなたですの?」
アメリアが戸口から顔を出すと、一人の女生徒が驚いて足を止めた。
「あ……アメリア様……っ」
「貴女は……確かオリアーノ子爵令嬢ですわね」
「ハンナです。ハンナ・オリアーノ……」
ハンナは真っ青な顔で震えていた。
「どうなさったの? 顔色が……」
「あっ! お、お助けください! 今、トイレで、トイレの中に……っ」
ハンナがアメリアにしがみついて訴えた。
「トイレの中に、おばあさんが閉じこめられているんですっ!」




