第十九章 王将駒と竜馬駒①
お互いに残り時間はもうほとんどなかった。
形勢は難解で、勝負はどちらに転んでもおかしくはない。
最終盤、先に寄せに出てきたのは立摩のほうであった。
兵助も攻め合いに出るが、立摩の終盤も正確である。
そしてとうとう、兵助玉に詰めろがかかった。
立摩は勝利を確信していた。自玉に詰みはなく、兵助が受けたとしても詰めろが続く。
兵助は詰めろを受ける。
立摩は再び詰めろをかける。
だが兵助はあきらめなかった。
投了するまで、将棋は負けにはならない。
勝つ可能性が少しでもあるならば、逆転を目指して指すのが、兵助の将棋である。
なかなか捕まらない兵助玉に、立摩もいよいよ焦りを感じ始めた。
今や鬼の形相をして兵助玉を追い詰める。
兵助も必死にその手から逃れようとする。
時間のない中、極限の攻防が続いている。
そのうちに、兵助の指し手が乱れて、王将駒が盤外へと飛んだ。
その駒は、囲碁家側のほうへとコロコロと転がり、丁度宗春の膝前にピタリ止まった。
宗春は、それを静かに摘み上げて、眼の前にかざしてしげしげと眺めている。
不思議そうに駒を見つめたまま、暫し動かなくなったかと思うと、
「お主があの時の童子であったか————」
痛恨の表情を浮かべた。
寡黙な宗春が、この座敷に来て初めて発した言葉であった。
以前これと似たような状況が、兵助にもあったような気がする。
だが宗春の発言が何を意味するのか、兵助には考える余裕はなかった。
宗春は穏やかな顔に戻ってから、兵助に王将駒を返して、
「負けたわ。予の負けじゃ…」
そうはっきりと呟いた。
併し、兵助も立摩もまだ勝負がついたとは思っていない。
まだ立摩の攻めは続いており、今度は△7六銀(図)と詰めろをかけた。
立摩玉には即詰みはない。
だから受けの手を指しても、攻めの手を指してもこのままでは兵助の負けである。
時間は刻々と過ぎていく。万事休したように見えた。
それでも兵助は諦めなかった。必ず逃れられる手順がある。
そう信じて必死に考え続けた。
時計の針はあと少しで一刻に至ろうとしている。
忠相と新兵衛が、瞑目して天井を仰いだ。
誰もが、もはやこれまでかと思った時、兵助は盤上にはっきりと次の一手が見えた。
▲4三馬!
「むっ」
名人宗看が瞠目した。
一見馬のタダ捨てのようであるが、これが詰めろ逃れの詰めろとなっている。
△同歩は▲2二歩から即詰みであり、△8七金と攻めても馬が利いていて先手玉には詰みはない。
兵助は時間のない中で、起死回生の鬼手を放ったのである。
兵助にはなぜこの手が見えたのか、これまで積み重ねてきた努力ゆえか、看寿の図式集を解いたことで終盤力が上がっていたからか。
或いは兵助の勝ちたいという気持ちが立摩を上回ったのか。
いずれにしても、最後の最後まで勝負を諦めなかったからこその一手であった。
立摩は兵助の指した手を眺めながら、二年前に名人宗看が語っていた言葉を思い出していた。
「人生には詰みはない」
兵助の最後まで決してあきらめない将棋が、立摩にそれを教えてくれた。
立摩は、愛する志津の死に目に会えないという大きな過ちを犯してしまった。
これは悔やんでも悔やみきれない。
併し、立摩の人生はこれで終わりではない。
ここで自暴自棄になって自死を選んだところで、果たして志津が喜ぶであろうか。
夢枕に立った志津が語っていたように、立派に将棋を指す姿を見せることが、志津に対する弔いとなるはずだ。
立摩の時計が、三度大きく鐘の音を鳴らした。
時間切れであった。
立摩は次の手を指さないままでいた。




