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第一章 相模屋新兵衛①

連理の枝というのは、男女の仲睦まじい様の例えだそうです。

連理の棋は、その言葉と将棋を合わせてつくった造語です。

 享保十六年の五月のこと。

 兵助と清三郎は両国広小路に立ち、今日も握り詰の見せ物を商っていた。


 梅雨時のせいかこの日は生憎あいにくの空模様で、雲は低く垂れこめ朝から小雨がパラついて、往来を行く人々の姿もまばらである。

 兵助たちも将棋盤が濡れないように気を配らなくてはならず、商いをする気力も削がれ気味であった。

 隣では、水茶屋玉屋の親爺が、客入りの少なさを暗い顔でぼやいていて、一層気分が沈みがちになる。


 早いとこ諦めてそろそろ家路につこうかと話し合っていたその矢先、一人の男が滑るような足取りで、音もなく兵助たちに近づいてきたかと思うと、辺りを少し気にしながら話しかけてきた。


「失礼ですが、兵助さんに清三郎さんでございますな?」

 男の年齢は三十半ばくらい。

 紋付の羽織に前掛け姿で、どこぞの商家の若旦那のように見える。

 兵助たちは、見知らぬこの男が何故自分たちの名前を知っているのか、その理由が分からずいぶかしむと、

「そう訝しむのも無理はございませんが、別に怪しい者ではありません。手前は相模屋新兵衛と申しまして、日本橋で地本じほんを商っている者でございます。まだ商いを興したばかりで名もご存知ではないと思いますが、どうぞお見知りおきください」

 新兵衛と名乗るその男は改まって挨拶をした。


 至って丁重な態度で、それがかえって客として来たのではないであろうことを匂わせていた。

 だから、新兵衛の挨拶を聞いた後でも、不審の色は二人の顔から消えていない。

 それを察してか、新兵衛は遠慮がちに言葉を続けた。


「実は折り入ってお願いしたいことがございまして…」

「やはり来たか」と兵助と清三郎は内心で思った。


 こうやって広小路に立って握り詰が評判になるにつれて、兵助の将棋の腕も江戸市中にいて広く知られるようになっていた。

 そしてその腕を目当てに、しるし将棋、所謂いわゆる賭け将棋の誘いがこれまで幾度となくあったのである。

 だが印将棋に興味のない兵助は、断固として誘いを拒否し、決して承服することはなかった。


 賭け将棋の誘いをしてくる者たちは、何も博奕ばくち生業なりわいとする無頼の徒ばかりとは限らない。

 むしろ善良そうな市民のほうが多く、新兵衛のような律儀そうなお店者たなものが胡散臭い儲け話を持ち掛けてきたとしても、さして驚くに当たらない。

 それ程までに、賭け将棋は市民の間に浸透していたのである。


 兵助は露骨にうんざりした態度を見せたが、新兵衛のお願いというのは、想像とは全く違うものだった。


「手前どもは地本を主に商っておりますが、その中でも近頃は将棋の戦法を指南する書が大変よく売れております。ただ手前どもが仕入をしております版元では、僅かに二、三種を扱うのみで、お客様が不満を申し立てて敵いません。聞くところによれば上方では棋書の取り扱いで大層名の知れた版元があるということでございます。手前どもも上方まで行って何とか仕入れをしたいと思っておりますが、生憎手前には将棋を見る目もなければ上方での伝手つてもございません。そこで兵助さんと清三郎さんには、手前と共に上方へと同道していただき、将棋の良書を手に入れる手助けをしてほしいのです。もちろん路銀は全て手前が面倒を見させていただきます」


 新兵衛は商人らしい柔和な眼で兵助と清三郎の顔を交互に眺めながら、立て板に水の如く一気にまくしたてた。


 江戸から京へ東海道を上ったとして、通常は十三日から十五日はかかるとされている。

 兵助のような子供の脚なら、それに五日は加算して見積もるべきだろう。

 その間には毎日宿屋へ泊まらねばならぬし、疲れれば茶屋で一休みすることもあるに違いない。

 草鞋わらじは三日に一足は履き替える必要があるし、こまごまとした出費も馬鹿にできない。

 それらが積み重なると、江戸から京までの旅費は、往復四両から六両というのが相場だった。


 長屋住まいの親子三人一ヶ月の生活費が、大体一両だと言われていたから、上方への旅費だけで兵助一家半年分の生活費はまかなえる計算になる。

 新兵衛がそれを全て負担して、本当にタダで上方へ行くことができるのならば、これほど美味い話はない。


 だが美味い話には何か裏があるということを、博奕好きの清三郎はよく知っていた。

 詐欺の類ではないかと新兵衛の容貌をジロジロと見定めたが、その佇まいはいかにも実直そうな、礼儀正しい商人であり、上方へ行く理由も理に適っているように思える。

 地本屋の相模屋とは日本橋界隈では聞いたことのない店であったが、新興の店ということならば気に留めるほどでもない。


 清三郎がチラリと隣に眼を遣ると、兵助は既に眼を輝かせて、まだ見ぬ上方へ思いを馳せているようだった。

「清さんこの話受けよう。上方には炭屋の大助さんもいるし、おれたちにはおあつらえ向きだよ」


 炭屋大助とは、かつて兵助たちが戦った上方の棋客で、その言によれば、大助は大坂の棋界ではそこそこ顔が利くらしい。

 それにもし大助に会えなかったとしても、炭屋のような大店では奉公人の間で将棋が流行していたから、何らかの手掛かりが手に入るに違いなかった。


「おれ上方の将棋指しと戦ってみてえな」

 兵助の興味は、上方にどれほど強い棋士がいるかということになっているようだ。

 二人は確かに上方への伝手はあるし、将棋を見る眼もある。

 新兵衛がどこで噂を聞きつけたのかは分からないが、商人の嗅覚で兵助たちに白羽の矢を立てたのだとすれば、それはお見事と言える。


 だが新兵衛は決して楽観はしていなかった。

 用心深い眼つきをしながら、二人が何と応えるかを待ちわびていると、

「でも上方へ行くとなったらおとっつあんとおっかさんから許しを貰わないと駄目だな…」

 兵助が不意に俯き加減に呟いた。


 当時旅行は、大人にとっても一大事であり、上方への旅など大半の江戸市民は、生涯に一度も経験しないで人生を終える。

 当然危険も伴うわけで、母のおさきの気性を考えると、兵助を旅にやるなど簡単には許してくれそうもない。


「確かにご両親の許しを得てもらわないといけませんね。兵助さんは深川の在でございましたな。私からご両親へ掛け合ってみましょうか」

 兵助は新兵衛の提案を慌てて拒絶した。


 父の政五郎は、どういうわけか近頃あまり機嫌が良くない。

 はっきりと態度で示すわけではないが、たまに一緒に将棋を指すと、指し手を通して政五郎の抱える屈託が何となく兵助に伝わってくる。

 そんなところへ見知らぬ商人が現れたら、また変に話がこじれそうな気がしたのだ。


 兵助が「自分で話をするよ」と応えたところで、にわかに冷たい風が川面より吹き込んで、本降りとなった雨粒が、垂れ込めた雲からザーッと落ちてきた。


 兵助と清三郎は、慌てて荷物をまとめて回向院えこういんのほうへ駆け出すと、その後ろ姿に向かって新兵衛が、

「また明日もここでお待ちしております!」

 大音で声をかけた。

 その声を背中で聞いて、兵助たちは深川までの帰り道を急いだのだった。

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