庭師ユハイム
ソコレイニ伯爵邸の庭を管理する庭師ユハイムは、生まれた時から脊柱がねじれていて体も小さく、顔も不細工。すべてが不様であった。
脊柱のねじれは原因不明の病気によるもので、治療法もなかった。
長生きはできないだろうと医者に言われた両親は、同情することもなく早々に養育を放棄し、ユハイムは捨てられてしまった。わずか5歳だった。
路上で必死に生き延びていると、見かねた心優しい人に助けられ、教会の慈善施設に引き取られてそこで育った。
寄付を募る施設のお祭りが開催されたとき、慈善事業に熱心だったソコレイニ伯の目に留まり、まだ十代後半と若かったユハイムは庭師として雇われた。
ユハイムは、そこから自分の人生が好転したと思っている。
庭仕事は給金も安く、背中と腰の負担が大きい。それでも、自分のペースでできる上、人の視線を気にしなくてすむ。
食事は支給。お金のない施設とは比べ物にならない質と量で、毎回大満足できた。
ここにいれば食べるに困らない。
拾ってくれた伯爵夫妻への感謝もあり、一生ここで恩返ししようと決めていた。
物置用の庭小屋を住処として与えられ、陽が昇る前から働いた。
その代わり、夜は早い。陽が落ちると早々に自分の小屋に引っ込んで、お手製のマッサージ棒で痛む背中と腰をさするのが日課だった
性格も悲惨な境遇のわりに愚直だった。
夫人からは、「深夜に誰かが庭を出入りしても、見ないこと。小屋から決して出ないこと」と言われていた。
ご主人様の言いつけをユハイムは忠実に守った。
ユハイムは、嗅覚が人より異常に秀でていた。
わずかな匂いをかぎ分けることができたので、草花の世話を目に頼らずできるほどだった。
深夜に誰かが出入りしても、朝露に混ざる匂いで人物が分かった。
ほとんどが夫人の残り香だったが、たまに特別な匂いがした。
草花の香り、樹木の香り、野鳥や虫の糞の臭いに精通したユハイムには分かった。
それがとても高貴な樹木の香りだと。
そこに男の汗の匂いが混ざっている。
ソコレイニ伯とは違う匂いだと思っても、誰にも言わないでいた。
その夜は、いつもと違った。
仕事を終えたユハイムが小屋で休んでいると、深夜に庭を歩き回る複数の足音が聞こえてきた。
普通ではありえない異常な状況。
ユハイムは外が気になったが、夫人の言いつけを守って無視した。
不揃いで力強い足音は、庭を歩き回ると屋敷へと集約されていく。
小屋で息をひそめていると、だんだんきな臭くなってきた。
「誰かが庭で焚火でもしているのか?」
庭で勝手なことをされては、さすがに庭師として黙っていられない。
たまらずドアを開けて外を見ると、屋敷から火の手が上がっていたので腰が抜けた。