暗転する世界
バラストゥル王国と帝国ツヤマドルトの関係は好転することなく、武力による前面衝突が避けられない情勢を迎えていた。
戦争へと向かう状況は、社会に暗い影を落とす。
庶民の関心事は戦争に集中。お祝い事やお祭りなどは自然と自粛。ヒソヒソと小声で話して騒ぐものもなかった。
さらに城下町では人々を震撼させる事件が頻発していた。
12歳前後の男児が次々と失踪していたのだ。
パン屋の息子、服屋の息子、教師の息子、官僚の息子など。親の職業を問わなかった。
通学の路上で足取りが途絶え、忽然と姿を消した。
神隠しと人々は恐れた。
そんな暗い世相など、裕福な貴族の館に住むユウキとアサヒにはあずかり知らぬこと。それよりも、自分たちが直面する危機的状況に絶望していた。
別々の寄宿学校に入学することが決まってしまったのだった。
その話を聞いたときは、わざと入学試験を失敗して不合格になろうかとも考えたのだが、推薦状をくれたメローア妃の顔に泥を塗るわけにもいかないと、なんとか留まった。
それとユウキは、実の子でもない自分を育ててくれた恩義をソコレイニ伯爵夫妻に感じていた。
それで余計なことはしなかった。
アサヒも逆らう勇気がなく、おとなしく試験を受けた。
大きな粗相がなければ、合格は約束されたもの。
二人ともしっかり合格してしまった。
それまで世界は二人のものだった。二人でいれば天国だった。
楽しく暮らしてきたのに引き離されてしまう。その現実から目をそらしたくて、二人は部屋に閉じこもり、この世の終わりと嘆いていた。
二人の顔は涙でグショグショになっている。
アサヒは、レースのハンカチで二人の涙を拭くが、いくら拭っても濡れている。
「ユウキと一緒だから、どんなに辛いことも乗り越えられてきた。二人だからやってこられた」
「僕もだよ。アサヒがいなければ、この家の子供じゃないと分かって自暴自棄になっていた。アサヒがいてくれたから、すべて受け止めることができた」
「私、ユウキと離れたくない!」
「僕もだよ。外国に追いやられて、アサヒの顔を毎日見られなくなるなんて辛いよ」
嘆き悲しむユウキとアサヒは抱き合った。冷えた体をお互いに温めあう。
ユウキは、アサヒの茶色くて柔らかな髪を手で撫でる。この髪が大好きだった。白く蝋のような肌も好きだった。
アサヒは、ユウキの腕に抱かれる幸せに溺れる。
生まれた時から一緒にいた。
お互いの顔を見つめあいながら12年間育ってきた。
一緒にいること。これが二人の幸せだった。
まるで半身。それが引き裂かれてしまう痛みは想像以上で、明日を生きられるのかさえ二人は不安で押しつぶされる。
ユウキは、アサヒと離れるくらいなら、死にたいと考えた。
「いっそ、一緒に死のうか」
「うん、死にたい」
運命を受け入れるにも抗うにもまだ幼い二人。意見は迷わず一致した。
「どうやって死のうか」
「毒を飲むなんて、どう?」
「どこで手に入れる?」
「母上が、いざという時に飲む毒をお持ちだわ」
貴族の淑女は、暴漢に襲われたりしたら、辱めを受ける前に潔く自害することが良しとされていた。そのために、毒を身近に持っているのが普通であった。
アサヒはまだ子供のため持たされていない。
「母上の寝室にあるはず」
「僕が盗みに行くよ」
アサヒ一人にさせては、もしも見つかったときに彼女だけが叱られてしまう。
責任をとるのは自分だけでいいと、ユウキは思うのだった。
だけどアサヒも譲らない。
「いいえ。二人で行きましょう。毒を見つけたらその場で飲むの」
「そうしよう」
新月の夜に決行することにした。




