バリステ国からやってきた男
シュトランス公爵から、紹介したいものがいるとユウキが呼ばれて書斎へいくと、一人の若い軍人がいた。
「彼は今日からユウキの護衛をすることになったキュウ・ラトランジェだ」
「キュウ・ラトランジェです! よろしくお願いします!」
元気よく自己紹介した。
真っ直ぐに立つ姿は軍人そのものだ。
「彼が私の息子のユウキ。今日から君にはユウキを護衛してもらう」
「了解いたしました!」
大きな声が頭に響く。
「いちいち大声を出さなくていい。ここは戦場じゃないからな」
そういいながらも、シュトランス公爵はニコニコしている。
ユウキは訳が分からずに質問した。
「あの、これはどういうことですか? 僕に護衛というのは?」
「ユウキ、君はカレトレア王女の婚約者としてこれから振る舞う必要がある。大事な体だ。敵、無法者、悪意のあるものに狙われないとも限らない。これからは準王族として処遇されるということだ」
「婚約? 準王族?」
気軽に話に乗ったカレトレア王女との婚約話が、ここまで大事になるとは予想していなかった。
これでは身動きがとれにくくなる。
「私に護衛は不要です」
「そうもいかないのだよ。万が一誘拐でもされては一大事だからな。これはトワレスクル王女からの指示だ」
シュトランス公爵は、トワレスクル王女の信用状をユウキに見せた。
――『キュウ・ラトランジェ』をユウキ・シュトランスの護衛として任命する――と書かれていて、トワレスクル王女のサインが入っている。
「将来、王に近くなる立場のユウキだから、これぐらいの警護は当然だろう」
ユウキは信用状を眺めた。怪しいところは見えない。
「トワレスクル王女が動き出したということは、王との接見も間もなくだろう」
「それは楽しみです」
ユウキがトワレスクル王女に書状を渡してからもう数週間経っていた。
この間もメローア妃は辛い思いをされている。一向に物事が進まず、苛立つユウキが王女に催促してもよいか相談しても、王家の時間の流れはとても遅いのだよとシュトランス公爵にいなされていた。
何もしていないわけではないと、これで分かった。でも、それとこれとは別だ。
「これからは私が全力でお守りいたしますので、ご安心ください」
キュウは、とても張り切っている。
「いや、せっかくだけど帰っていいよ」
「ええ⁉ 困ります!」
あっさり返されそうになって、キュウは焦った。
シュトランス公爵がとりなす。
「そう無下にしなくても。トワレスクル王女のご命令だから絶対だ。彼はこう見えても精鋭なのだそうだよ。年は21歳。ユウキと近いから話し相手になるだろう」
「護衛が話し相手にはなりません」
「同世代と話すのはよいことだ。君はいつも一人だから、少しだけ心配なのだ」
余計な心配だとユウキは思ったが、胸に突き刺さったのも事実。
「唯一の友人が先日亡くなってしまっているし、本当に心配しているのだよ」
「ゲーリー・ソース卿のことですか」
シュトランス公爵に、そんなことまで心配させて申し訳なく思う。
ユウキは、葬式で気になることを父親のソース伯爵から聞いていた。
ゲーリーの棺の前にいたソース伯爵。長男に続いて次男まで大事な息子が不遇の死を遂げたことを嘆き悲しみ、とても老け込んでいた。
警察が自殺だと判断した理由は、ゲーリーの手から硝煙が出たからだが、ソース伯爵によると、自殺に使った拳銃が家族の誰も知らないものだったという。いつ、どこで手に入れたのか分からないというのだ。
彼のお兄さんも銃で亡くなっていて状況が似ていた。
ゲーリーは、兄の死にサリルリ妃が絡んでいたと考えていた。
ユウキは、今ではゲーリーが自殺だったのか疑わしいと思っている。
もしかして、誰かに嵌められて殺されたのではないか。やはり、サリルリ妃が絡んでいるのだろうか。
ルルから聞いたクロバネという謎の男の存在。彼はとても恐ろしいという。彼も絡んでいるのではないか。
いろいろな疑念。これらを自分で調べたいと思っていた。
シュトランス公爵は心配するのも分かるが、今はまだ王子でもないのだから行動の自由を制限されたくない。
「でも、本当に護衛はいりません」
「どこで命を狙われるか分からないのだからつけておきなさい。いずれもっと大人数の護衛がつくことになる。今から慣れておくとよい」
良く分からない理由でキュウを押し付けられた。
「よろしくお願いいたします!」
キュウが元気よく挨拶して、ユウキは耳が痛くなる。
「とりあえず、いちいち叫ぶように言うのはやめていいから。もっと普通に喋ってほしい」
「承知致しました。このボリュームで大丈夫でしょうか?」
「うん。いいね」
話せば素直な青年のようなので、ユウキはキュウが傍らにいることを認めた。
それからユウキがどこへ行くにも、物々しい雰囲気でキュウはついてくる。読書をすれば、ジッとそばで立っている。食事をするときも、見ている。
(なんだか緊張するなあ)
いつも一人だったから見られていると落ち着かない。いずれ慣れていかなければならないのだろうが窮屈だ。
キュウは丸っこい童顔で背丈もユウキよりやや低く、自分より年上でも強いとは思えなかった。
ずっと一緒にいるうちにだんだんと慣れて、軽い雑談もできるようになった。
「キュウはどこ出身なの?」
「バリステ国です」
「え? 全然分からなかった。言葉が完璧だね」
「ありがとうございます。勉強しました」
「そうなんだ。どうしてこの国へ?」
「要請があったからです。呼ばれれば、どこへでも行きます」
「そういうものか。報告もトワレスクル王女に?」
「そうです」
「あー、なるほど……」
ルルの件が護衛前で良かったと思った。
「ご安心ください。すべて報告はいたしません。プライバシーには最大限配慮いたします。報告は安全上の問題だけです」
「それは助かるよ」
「お任せください」
キュウが初めて笑顔を見せた。
「えーと、つかぬ事を聞くけど、僕のことはどの程度知っているのかな」
「私が知っているのは、ソコレイニ伯爵夫妻のご令息で、現在はシュトランス公爵の養子であること。カレトレア王女とまもなく婚約するということ」
「完璧だね」
ユウキは、紅茶を飲んだ。
「ショーパブを好きだと言うこと」
「ブホッ」
紅茶でむせた。
「大丈夫ですか?」
「ゲホゲホ……。大丈夫。……なんでそのことを?」
「任務を受けるにあたって、先に調べさせていただきました」
「それで、何を見た?」
「これ以上は申しません」
キュウは、口を固く結んだ。
ルルの件、しっかり見ていたなとユウキは思った。
「言い訳がましいかもしれないけど、ショーパブはゲーリーが好きだったところで、先日は追悼の意味で行ったんだ。その情報は訂正してもらいたい」
「失礼いたしました。情報を訂正いたします」
キュウがかしこまる。
ユウキは、入れ替えた紅茶を飲んだ。
キュウについて、分かったようで分からない。
なぜ、この国出身者でなくて、バリステ国からわざわざ呼んだのかも分からない。
(バリステ国からきた護衛か……。何か目的があるんだろうか?)
疑問があっても、王女とは気楽に問い合わせる間柄ではない。
きっとこちらには分からない何かがあるのだろう。そう納得することにした。
それから数日して、シュトランス公爵が「ようやく朗報だ。王と対談できる」と、ユウキに息せき切って報告してきた。




