ルル・ムラーノ2
(……ということは、衝立の裏で僕とサリルリ妃の営みや会話を全て聞いていたってことか)
その事実に気付いた時、羞恥心で消えたくなったユウキは髪を掻きむしった。
「やめてくれ! こういうことは!」
「おー、今頃恥ずかしくなった? 大丈夫。私は気にしていないから」
「こっちが気にするんだ。ハアー」
サリルリ妃邸での出来事を消したいのに思い出させる。
「せっかくだから、ここでゆっくり話していきましょう」
ルルは暢気な顔でベッドに寝転がった。
どれだけ肝が据わっているのかと、ユウキは感心してしまう。
こうだから、サリルリ妃の一番近くで護衛を任せられたのだろう。
ルルは頭だけユウキに向けた。
「あれからサリルリ妃に誘われていないの?」
「ああ、お気に召されなかったらしい」
「ふーん」
本気で興味がなさそうな返事をルルはした。
「僕たち、これっきりにして二度と会わないことにしよう。サリルリ妃邸で顔を合わせても、お互いに無視する。いいね」
「ばれた時に殺されるのは一緒だよね? 浮気者様」
「別に僕はサリルリ妃の愛人じゃない」
「あのお姫様は嫉妬深いよ。背後と上には気を付けた方がいい。それと、酒場にも出入りしない方がいい。お姫様の忠実なしもべが巡回しているから」
「忠実なしもべ? 護衛とは違うのか?」
「ええ。通称クロバネっていう、お姫様一番のお気に入り。いつも鴉の仮面を被って、鴉の羽根を縫いこんだマントを羽織って、闇に溶け込んでこっちを見ている不気味な奴。だけど、サリルリ妃は大好きなの。そいつと二人のときは、私も部屋を追い出される」
「そんな奴がいるのか」
護衛がいない部屋で二人きりになるというのは、相当信頼している相手ということだ。
「もっと詳しく教えてくれ。顔を見たことあるのか?」
「すっごいイケメン。すっごい背が高い。性格は冷淡で近寄りがたいかな。私のような下の人間なんて、床に落ちているゴミ程度の認識しかされていない。その分、こっちも気を使わなくていいけど」
「床に落ちたゴミは考え過ぎだろう」
「彼の冷たい目を見ると、そうとしか思えなくなるの。だからユウキが私の存在を気にしていたことが、却って新鮮に思えたんだ」
「それで興味が出たってこと?」
「顔も好みだったしね」
「さっきから気になっていたんだが、護衛なのに内部情報をペラペラと話しすぎじゃないか?」
「ユウキだから言ったのよ」
ルルは動じるどころか余裕を見せている。
ルルがもう一度抱き着こうとしたので、ユウキは素早くよけた。
「あらー、本当にもう二度としないの?」
「当たり前だ」
「悲しい。私たち、相性ピッタリだと思ったのに」
「そうなってしまうのが怖いんだ。深入りすると、絶対にばれてしまう」
「残念。でも、そう思ってもらえて嬉しい」
ルルは喜んでいる。その表情には嘘がないようで、ついつい情にほだされそうになる。
「私、ベッドの上で頑張ったでしょう」
「そう言われても……」
「愛人でもいいのよ」
「サリルリ妃の護衛と? 無理だ。自分で言っただろ。とても嫉妬深いって」
「死んでしまえば、嫉妬もできないわ」
「それは、どういう意味?」
ルルは、顔を近づけた。
「サリルリ妃の命を狙っているんでしょ?」
そういうことかとユウキは分かった。
ルルはサリルリ妃のスパイだ。
護衛なのだから、全然不思議じゃない。だからサリルリ妃が怖くないのだ。彼女の指示でここまできているのだから。
正体を隠し、仲良くなってユウキの本音を聞き出すのが目的だった。
「何言っているんだ。そんな恐ろしいことを考えるだけでもおぞましい」
わざと嫌悪感を強く出した。
「無理しなくていいの。私はあなたの味方になる。これから何が起きても心配しないでいい。すべては良い方向へ向かわせるための痛み」
意味深なことをルルが言う。
「謀反を企てているのか?」
「それは言えない」
(どういうことだ? サリルリ妃の陰謀なのか、それとも、本当に周辺でサリルリ妃を消し去る陰謀が広まっているのか?)
サリルリ妃の周囲は敵だらけだろう。謀反も想像つく。
(サリルリ妃を護るものは『クロバネ』という男だけ、ということ? サリルリ妃が最も信頼を寄せる男。どんな奴なんだろう)
ユウキは、ルルがそれを計画していたとしても、それを自分に言う理由が理解できない。
巻き込もうとするなら、もっと別のやり方があっただろう。
「なぜ自分に打ち明けた?」
「分からない?」
「分からない」
「鈍いのね」
その一言が胸に突き刺さった。
ショックな顔をするユウキを見て、ルルが笑った。
「本当にかわいい。格好つけているのに、『ぎこちない』ところが、好き」
「その言葉は二度と聞きたくない」
不機嫌になったユウキにルルが謝った。
「ごめんね。もう言わない。今夜のこと、全部忘れていいから」
「無理だ。決して忘れられない夜となったよ」
「あなたを利用するつもりはないから安心して。だましてもいない。関係を持ったのは、二度とこんな機会がなくなるだろうと考えたからよ。純粋な恋心からなの」
両手を合わせてユウキを見るルルは、女の子の顔になる。
こういう時だけその顔をするのはズルい、とユウキは思った。




