花言葉
侍女トウアは、数日おきにメローア妃のお世話をしに幽閉されている塔へ通っていた。
「妃陛下、今日はお風呂に入れる薬草をお持ちしました」
劣悪な環境と食事により、メローア妃の肌は荒れて、かつては国一番の美肌と謳われた瑞々しい輝きがうしなわれている。
髪もバサバサに近く、今日は久しぶりに湯浴みを許可されたので、トウアは薬湯を楽しんでもらおうと準備してきた。
お湯をたっぷり入れてある小さなバスタブに薬草を揉んで入れると、周辺には爽やかな青草の匂いが立ち込めて、気分がとても良くなった。
トウアは、手のひらでメローア妃の肌を磨き、髪を丁寧に洗った。
「ああ、いい気持ち……。このお湯だけが今の楽しみよ。ありがとう。トウア」
「喜んでいただき光栄です。この薬草は故国バリステから取り寄せたものです。大変貴重なものですが、メローア妃のためにとバリステ王が差し入れてくださいました」
「そうなの……。お父様はお元気かしら」
「はい。メローア妃のために奔走されておられることと思います」
看守が注意した。
「そこ! 余計な会話は慎め!」
「失礼な! どこが余計な会話だというのです!」
トウアが反論すると、メローア妃はやんわりと諭した。
「いいのです。ここでは私は囚人なのです」
「そんな。メローア妃陛下はいまだって王妃様です。必ず助け出しますので、どうか今はお辛いことと存じますが、お気をしっかりとお持ちになってお待ちください」
ユウキが動いていることを伝えたいが、外の情報を与えてはならない規則のためこれ以上の具体的な話はできない。
バリステ産の薬草は、バリステ国も動いていると伝えるトウア苦肉の策でもあった。
お風呂を出ると、新しいドレスに着替えて、髪を丁寧に結った。
「ああ、とてもお美しいです」
トウアは、メローア妃を褒め称える。
薬草とともに持ち込んだ花束を取り出した。
「こちらはバリステ王陛下からの差し入れのお花でございます」
「嬉しいわ。季節を感じるものがここには何もないから」
メローア妃はとても喜んだ。
花鳥風月を愛でた王妃が殺風景で風情のない部屋に閉じ込められていることが、トウアは何よりも辛かった。せめて花を見て、匂いを嗅いで、外の空気に触れてほしいとの願いで持ち込んだのだったが、看守に「それは禁止だ!」と取り上げられると、無残にも踏みつけられてしまった。
「ああ! 花が!」
トウアとメローア妃はショックを受けた。
「花もダメなのですか?」
「ここには必要ないものだ。一つ許せば、これもいいだろう、あれもいいだろうと、どんどん持ち込めてしまう。ここが快適になったら牢獄ではなくなる」
囚人とは、苦役を課し、不自由な生活をさせるべき存在という思想が表れている。
トウアは謝った。
「メローア妃陛下、却って申し訳ございませんでした」
「いいのです。一瞬でも心が洗われました。お花には気の毒なことをいたしましたが」
花の気持ちまで思いやるメローア妃の姿を見て、看守にも同情の気持ちが芽生えた。
「私も本当はこんなことをしたくないのです。メローア妃陛下のことは大好きでした。でも、これが私の役割なのです」
「そうでしたか。お気になさらず」
メローア妃は国民の人気が高かった。看守も本来は王妃を守る立場であるが、王の命令には絶対服従であり逆らうことはできない。
トウアが帰ると、メローア妃は、床に踏みつぶされた花を拾った。
「これは……」
花束は、バリステの国花であるマリルップが十本。その中に一本だけアワダツテが入っていた。
マリルップは、筒状の白い花弁に気品と気高さを感じる花。
アワダツテは、野花の一種で色のくすんだ小さな花。雑草として扱われて見向きされない花だ。
この組み合わせを普通はしない。
マリルップの花言葉は、『気品』、アワダツテは、『侵入』。
この花束はあることを示唆していると、メローア妃は考えた。




