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追放王子と残酷王妃  作者: ナナイロナイト
第四幕 復讐の時
26/45

ゲーリーとクロバネ

パブにいたゲーリーのところに、クロバネがやってきて、ある取り引きを持ち掛ける

 深夜のパブは、夜通し飲み続ける酔っ払いでごった返していた。

 酔いつぶれて倒れるもの。タバコを口にくわえ、ブランデーグラス片手にポーカーに興じるもの。イカサマをするなと怒鳴り声が聞こえたかと思うと、殴り合いが始まる。暫くすれば、誰かのとりなしで落ち着き勝負再開となる。

 みんな酔っぱらっている。


 ゲーリー・ソースは、カウンターで一人飲んでいた。

 ショットグラスをウォッカで満たしては飲み干す。また注ぐ。それを飲む。一晩中繰り返すと、最後には何も分からなくなる。

 ゲーリーは、このカオスな空間が好きだった。身分の上下を気にしないで埋没できる時間と空間がここにはある。喧騒さえも癒しの音。貴族のお茶会よりパブが好き。

 パブにいるととても落ち着くのは、兄が生きていた頃を思い出すからか。

 友人たちとポーカーして酒飲んで、ナンパした女の子を抱けば、ストレスが嘘のようにどこかへ飛んでいく。

 ドアが開いて新規の客が入ってくるたびに、若い女性を期待してそちらに目を向けるが、男ばかり。女がいてもカップルで手を出せない。

(今夜は適当な女がいないな……)

 それならそれで一人で飲むだけだ。


 ふと、カウンターの上に電話番号だけが書かれた名刺が置かれていることに気付いた。

「マスター、これって誰の名刺?」

「コールガールが置いていった」

「どんな女だった?」

「美醜は論じられないが、人気のある子だよ」

「年はいくつ?」

「ハタチ」

「本当?」

「ハハハ」マスターが意味深な笑いを漏らす。

 そこで意地悪な質問をした。

「マスターからはいくつに見えた?」

「30後半かな?」

「ハタチじゃないんだ」

「若いコールガールなんて、こんなところで客引きしてない。自称でもハタチだと思えば、客も幸せだろ?」

「そうなのかな」

「お客さんには、丁度いいんじゃないか?」

「どういう意味だよ」

「ベテランがいいって意味さ。手取り足取り教えてくれるよ」

 どうやら未熟な若造と馬鹿にされているようだ。

「悪い意味じゃない。男の若さだって、こういうところで役に立つ。教えてもらえるのは今だけさ」

「……」

「電話する? するならこれを使っていいよ」

 カウンターの下から店の電話を出してきた。上前を撥ねているのかと思うぐらい親切だ。

「これで電話すれば、ここに来る。一杯奢ってから出るんだ」

 マスターはシステムを説明した。そういうことかとゲーリーは納得した。

「やめとく。そんな気分じゃなくなった」

 楽しく会話できればそれでいいゲーリーにとって、金を払わなければならないベテランより、若い素人がよかった。

 一人で飲酒を続けることにした。


 ドアが開いて新規の客が入ってきたので、若い女性を期待してそちらに目を向ける。

 入ってきたのは異様な格好の背の高い男だった。

 その姿にパブの客が一斉に注目。ざわざわする。

「なんだ? あれ?」「怪しくないか?」「指名手配犯かもしれないな」

 黒いシルクハットを被り、鴉の仮面ですっぽりと顔を隠し、鴉の黒羽を埋め込んだマントを身にまとっている。全身真っ黒な姿は闇夜に紛れられる。


 そんな不気味な男が、よりによってゲーリーの隣に立ったものだからげんなりした。

『ゲエー! なんでそこに立つんだよ』

 鴉仮面の男は、マスターに一杯頼んだ。

「ジンをストレートでくれ」ここに腰を落ち着けるようだ。

『そこはカワイ子ちゃん専用だぜ!』と啖呵を切りたかったが、不気味な迫力に負けてしまった。

 あからさまに場所を移動すれば絡まれそうな気がしたので、ゲーリーは前を向いて黙って酒を飲んだ。


 マスターは、ジンのボトルを取り出して男のショットグラスに注いだ。

 さすがに酒を口にするときは仮面を外すだろうと横目で見ていると、口元だけ出して飲んだ。

 絶対に顔を見せないのだろうかと思っていると、向こうから話しかけてきた。

「そんなに気になるかい?」

「ああ、その恰好じゃ目立つよ」

「これは私の趣味なんで気にしないでくれ」

 そうですかと、相手にするのを止める。


「ゲーリー・ソース卿だね」

 名前を言われて吃驚した。

「俺のこと、知っているのか?」

「亡くなった君のお兄さんを知っている。お悔やみを言うよ」

「あなたの名前は?」

「クロバネだ」

 兄貴の口からは聞いたことのなかった名だが、彼はこっちをよく知っているようだ。

「君のことも聞いていた。君、借金が相当あるんだろ?」

「そんなことまで?」

「一度、愚痴をこぼしたことがあった」

「そうか……」

「君は知らないかもしれなが、私は君のお兄さんにお金を貸している」

「……」

「君のために、彼がいつもお金を工面していたことを知っているか?」

「いや、知らなかった」

 兄の仕事は順調で羽振りもよかったと思っていた。

 それで何度か窮地を救ってもらったことがあった。

 自分が迷惑を掛けていたことを、今頃こんな男から知るとは思わなかった。


「それで、兄貴の借金を取りたてるために、俺を捜してきたんですか? あいにく、金はありませんよ」

「そうじゃない」

「違う?」

「君の兄は弟想いのいいやつだった。君がもし借金に困っているなら、私が払ってあげようと思っている」

 何を言っているんだと、ゲーリーは不思議なものを見る目になる。

「まさか。そんな話、信じると思いますか?」

「もちろん、何もなくそんなことはしない。君に頼みたいことがある」

「手足になって動けということですか」

「どうする? 引き受けるか、引き受けないか。引き受けないなら借金を返してもらいたい。頼みたい仕事は、引き受けてくれるなら話すが、聞いてから断ることはできない」

「脅しだな」

 クロバネの口元が苦笑いした。

「ハハ、借金取りから逃げている君の方が悪いって、分かっていないのか?」

「俺はまだあんたの素顔を見ていない。兄貴の借金というのも眉唾物。判断つきかねる」

「なかなか慎重だな。じゃあ、お兄さんの借金の話はなしにしよう。君の借金について話そう。今、いくらぐらいあるんだ?」

「700万ギグほどだ」

 貴族のゲーリーに返せない額ではないが、返したその場でまた借りてしまうから、終わりが見えない。あったらあっただけ使ってしまう悪い癖がある。

「それぐらいなら、親に泣きつけばいくらでも工面できるだろう」

「身内には知られたくない……」

「じゃ、自力で稼いで返すしかないな。やるかい? 引き受けるなら、私の素顔も見せるよ」

 ストレスの原因である借金がなくなれば、気分が楽になる。

 ゲーリーは少し考えたが、結局、話に乗ることにした。

「分かった。やる。あんたの顔を見せてくれ」

「こんな顔で良かったら、いくらでもお見せしよう」

 クロバネは、仮面を外してゲーリーだけに見せた。

「なんだ。イケメンじゃないか」

「それはどうも」

 クロバネは、被り直した。

「で、やることは?」

 クロバネが懐から拳銃を取り出して、誰にも見られないようゲーリーの手に握らせた。

「ユウキ・シュトランス卿を殺せ。これで撃つんだ」

 ゲーリーは、目の前が真っ暗になった。

「なぜ……、なぜ、ユウキを?」

「理由は必要ない」

「それじゃ殺せない」

「もう断れない。断ったら、死ぬのは君だ」

「………………」

「じゃ、頼んだ。期限は1か月もあればいいだろう。1か月過ぎても奴が生きていたら、君が代わりに死ぬ」

 クロバネは、ジンをもう一杯飲むとパブを出て行った。


「おい、大丈夫かい?」

 茫然としているゲーリーをマスターが心配した。

 マスターは、客同士がどのような会話をしても、やり取りをしても、口出しせず、誰にも言わない。

 どこかに少しでも漏らせば、報復で店を潰されると知っているからだ。

「……マスター、電話を貸してくれ」

 マスターは、ゲーリーの前に電話を出した。

 ゲーリーは、カウンターの名刺を取るとそこに書かれた番号に電話を掛けた。

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