メローア妃のお茶会
今日はユウキにとって記念すべき日となるだろう。
メローア妃主催の非公式なお茶会に招待されたのだ。ついに生みの母と相対することができる。
緊張しながら会場へ着くと、招待されたのは自分だけではなかった。
カレトレア王女とチェルシア子爵令嬢。そして、ゲーリー・ソース。他にも数名の子息と令嬢がいた。
これは賢明な判断だ。自分一人だけでは、サリルリ妃に怪しまれるからだ。
ゲーリーがユウキに近づいてきた。
「よう。元気だったか?」
「あれからも競馬を続けているのかい?」
「もちろんだ」
「ほどほどにした方がいいと思うよ」
いくら貴族でも、賭け事で負け続けてしまえば簡単に破産してしまう。
それを心配するほど、のめり込んでいたように見受けられる。
「あの時はたまたま負け続けただけで、たまには勝つんだよ」
信憑性に欠ける言い訳である。
コッソリと耳元で言われた。
「俺、王女を狙っている。ユウキは他にしてくれ。俺はとにかく王女の好感度を上げる作戦をとるんで、協力してくれよ」
王室との縁続きを狙うなんて、人生最大のギャンブルにすべてを賭けるつもりのようだ。
他の参加者たちは、喋りもせずお行儀よく椅子に座って待っている。
メローア妃が侍女を連れて現れたので、全員が慌てて立ち上がった。
「皆さん、本日はお越しいただきありがとうございます。非公式なお茶会ですので、どうぞリラックスなさってください」
メローア妃が優しい声で参加者に挨拶した。
「なんてお美しい……」ゲーリーが思わず本音を出してしまったかのように呟く。
わざとらしい褒め言葉でユウキには意図が分かった。外堀を固めにいっている。王女狙いのための好感度アップ作戦の一環だ。
とはいえ、あながち嘘ではないとユウキも思った。
ユウキの目に、メローア妃の声や仕草、ティーカップを持つ指先一つ一つの動きすべてが優美に見える。
侍女が一人一人にお茶を注いで回った。色鮮やかで香り高き高級茶葉。
目の前には、様々なお菓子とケーキとサンドイッチが乗った豪勢なタワー。それが一人に一つずつ。
陶器のティーカップには花や蝶や小鳥が極彩色で美しく描かれ、銀細工のタワーは眩しい。
きらびやかな世界に包まれる優雅な時間。
この光景を見ていると、ユウキの記憶が甦る。ソコレイニ伯爵夫人も、よくこんなお茶会を開いていた。
ユウキは、あれが苦手だった。大人たちに観察されて質問攻めにされて。早く帰らないかなと思いながら、アサヒとお菓子を食べていた。
振り返ってみれば、アサヒがいて何も知らなかったあの頃が人生で一番幸せなひと時であった。
メローア妃の方と言えば、頼もしく育ってくれたと目の前にいるユウキの姿に感激もひとしお。
「舞踏会はお好きですか?」「音楽は何をお聞きになるの?」「演奏はされる?」
あれこれ質問するなど、自然と饒舌になっている。
上機嫌なメローア妃を、傍らで見守る侍女トウアも心の中で涙を流した。
(メローア妃陛下、ようございました。ずっと苦労を重ねておいででしたが、本日、ようやく報われましたね)
18年前、自分の手で助け出した小さな命。
乳飲み子を育ててくれたソコレイニ伯爵夫人が殺され、王子も死んだと聞かされた時は絶望の淵に落とされたが、こうして無事でいてくれた。自分にできることは神に感謝するのみだ。
王子を見守り、立派に育ててくれたソコレイニ伯爵の存在を決して忘れてはならない。彼が不幸な死を迎えたことは何よりも悔しかったが、あれも理由がよく分からない。
強盗団によるとの話だったが、犯人はすべて貴族であった。貴族が強盗するなど腑に落ちない。
サリルリ妃の陰謀だとしたら、あれで終わりではないだろう。そんな気がしてならない。
王宮内を不穏な空気が取り巻いている。
メローア妃の地位を確固たるものにするには、ユウキ王子の復権が必要だ。
ユウキ王子が王位継承者となれば、順位は一位。サリルリ妃とて手を出せなくなる。
もしサリルリ妃がそのことに気付けば、そうなる前に手を打ってくるだろう。
何をどうするか分からないのが、彼女の不気味なところ。
庶民の成り上がりで悪女だとみんな知っているのに、いつの間にか狂信的な信奉者を増やし、とんでもない行動をとる者が次々と出てくる不気味さ。
悪には悪が寄ってくる。邪悪なカリスマ性が彼女にはある。
メローア妃やアベユマ妃のような育ちの良い清らかな人間は、同じような対抗措置がとれない。
いつか罠にはめられて陥れられるのではないか。それが怖いのだ。
侍女トウアは、メローア妃にご成婚前からお仕えしてきた。
バラストゥル王に嫁ぐとき、父君であらせられるバリステ国王からの勅命で同行させていただいた。
メローア妃に長く仕えてきたが、自分は年を取ったと思う。
まもなく引退して故郷に帰ることになるが、その前にユウキ王子の復権をこの目で見届けなければならない。それが自分の使命だと思っている。
そのこともあり、この私的なお茶会をメローア妃に進言して計画した。
感慨深くメローア妃と歓談するユウキを見る。
トウアはふと考えた。間近でユウキ王子を拝見したかったのは、自分かもしれないと。
ゲーリーは、カレトレア王女の隣を確保して熱心に話しかけている。
「時間のある日は何をされているんですか?」
「本を読んだり、観劇したり、かしら」
「同じです!」
その言葉にユウキはお茶を吹き出しそうになった。
「今度、舞台を観に行きませんか?」
競馬場に連れて行かないだけマシ。
このまま、王女の高尚な趣味に合わせていければ、もしかして結婚もあり得るかもしれないとユウキは思った。




