二人の別れと惨劇の真相
二人は、ソコレイニ伯爵に会うと改めて結婚の意志を伝えた。
「父上、どうか僕たちの結婚を認めてください」
「お願いいたします。お父様」
懇願する二人を前に、ソコレイニ伯爵は渋い顔になる。
引き離すために別々の学校へ行かせたというのに、二人の絆は揺らぐどころかより硬くなっている。
6年ぶりの一家再会だというのに、まったく心躍らない。
「僕を育てていただき大変感謝しております。このご恩を生涯忘れません。だからどうか僕たちを許していただきたいのです。そして、できれば家族三人で仲良く暮らしたいと考えております」
アサヒは、ソコレイニ伯爵を毅然と説得するユウキを頼もしく見つめている。
(二人とも立派になったものだ)
12歳で別れてから、ユウキは40センチも背が伸びた。
アサヒも美しい淑女となっている。
(良縁はいくらでもあるというのに、ユウキを選ぶとは)
降るように集まってくる縁談から、ソコレイニ伯爵が吟味に吟味を重ねて選んだ一人の青年貴族がいた。
写真を送ったところ、卒業までお見合いは待ってほしいと送り返してきた。その言葉を信じて今まで待っていた。
明日にでも顔合わせの場を設けて、早いところ話をまとめるつもりでいたのに。
(弟と結婚することになりました、なんて、どの面下げて言えるだろう)
事情を知らない他家から見れば、とんでもないスキャンダル。良家の子女としてそんなことは許されない。
貴族は何よりも体面を重んじる。先祖代々受け継がれた資産を守り、次の代に渡さなければならない。
ユウキを引き取ったのも、男の子が欲しかったからだ。
(二人を無理やり引き離したくはないが……)
あのことを持ち出さなければならない。二人が知るべき真実を。
(これだけは墓まで持っていくつもりであったが、致し方無い。出生の秘密をついに明かす時がきたようだ)
ソコレイニ伯爵は、使用人たちを部屋から出すと、三人で向き合った。
「二人ともよく聞きなさい」
「はい」
「なんでしょう?」
「お前たちは本当の姉弟だ」
ユウキとアサヒは、最初キョトンとした。
「え? だって、僕は養子だと……」
「私たち、本当の姉弟じゃないって、前に話してくださいましたよね?」
「あの時、ユウキの本当の両親について話していなかったな。いいか。ユウキはバラストゥル王とメローア妃の間に生まれた王子だ」
二人は飛び上がらんばかりに驚いた。
「僕が王子⁉」
「ああ。そうだ。王家にいれば、王位継承権第一位の特権王子となる」
「そうだったんですか。驚きました」
「いろいろ事情があって我が家で引き取ったが、いつでも王子として復権は可能。メローア妃もそのことを望んでいる」
「それで、僕とアサヒが本当の姉弟というのは……」
「アサヒは、バラストゥル王の子かもしれないということだ」
「ええ!」
「妻は、バラストゥル王の愛人だった。このことはお前たちに教えたくなかった。アサヒが他の男と結婚してくれれば、言わないで終わっただろう」
「それで大反対されたんですね」
「そうだ。複雑な話だ」
「お父様……。そんな……」
アサヒは大いにショックを受けた。
自分が愛する父の子じゃないと知ったのだ。そして、ユウキと結ばれることも永遠にかなわぬ夢となった。
ユウキはあきらめきれずに念を押した。
「それは間違いない話なんですか? アサヒがバラストゥル王の子だというのは、疑いのないことなんですか?」
「おそらく。アサヒを身ごもったとき、私たちは別居していた。妊娠したと聞いて、自分の子じゃないとすぐに思ったよ」
「ウワアアア!」
アサヒが泣き伏したので、ユウキが背中をさする。
「自分の子じゃないと分かっていて、育てたんですか?」
「大切なことは誰の子かじゃない。ソコレイニ家に生まれたということなのだよ。私はアサヒをとても愛している」
「もう何も聞きたくありません!」
「アサヒ、一度写真を送ったマロリア子爵のご子息と、どうかお見合いしておくれ。とても優しい青年と聞いている。きっと幸せになれる」
目の前で他の男を薦めるソコレイニ伯爵を見て、ユウキは、二人の結婚は決して許されないことを悟った。
実の姉弟では結婚できない。
アサヒとの再会を心の支えとしてきたのに、待っていたのは残酷な現実だった。
「ユウキは分かってくれるな。二人が憎くて反対しているのではないと」
「父上。よく分かりました」
「ユウキ!」
「僕たちが異母姉弟だったとすると、結婚は無理だ」
「バカバカバカ! ユウキのバカ! なんでそんなに簡単に納得しちゃうの!」
アサヒはユウキを激しく責めた。
ユウキも割り切ったように振る舞っているが、その目からは涙が止まらない。
心中をとても言葉に表せられない。
ユウキは、ソコレイニ伯爵に向かって言った。
「だけど、もし、僕たちのどちらかがバラストゥル王の子じゃなかったら、結婚を許してもらえますよね」
「その時は考えよう」
「分かりました。それを聞いて安心しました。アサヒ、いつかは真実を暴こうじゃないか。それでやはり血がつながっていたのなら、結婚は諦めよう」
「ユウキ……」
ユウキの説得で、ようやくアサヒは落ち着いた。
「お父様、はっきりするまで私は結婚しません。マロリア子爵にはお断りをお願いいたします」
「妙齢の婦人が、訳もなく結婚しない宣言はいただけないよ」
「それなら、お相手をじっくり選びたいとお父様がおっしゃってください」
「そうか。分かった。そうしよう。お前たちはこれから社交界デビューする。そこで自然な出会いを希望していると言おう」
「それなら結構です」
三人の話し合いは、落としどころを見つけることに成功した。
「社交界デビューには、メローア妃の協力も取り付けてある。そして、もう一人、私の盟友シュトランス公爵を紹介しよう。彼は私の遠縁にあたる信用できる男だ。お前たちはシュトランス家の後ろ盾で社交界に出る。これはとても重要なことだ」
「ソコレイニ家ではないのですね」
「そうだ。それは、ユウキを我が家で引き取ったいきさつと関係がある。そして、6年前の事件とも関わっている」
ソコレイニ伯爵は、事件にサリルリ妃が関わっていたことを説明した。
「確か、庭師ユハイムがそう言い張っていましたよね」
「そうだ。あれは真実だと思っている。サリルリ妃は、メローア妃の王子王女を殺した疑いがあった。それで生まれたお前を自分の元から逃がしたのだ」
「そんな恐ろしいことが……」
「あの夜、妻を殺したのも王の愛人だったからだと思っている。サリルリ妃は、そうやってあらゆる政敵を闇に葬ってきたんだ」
「母上はその理由で殺されたんですか?」
今でも最後の姿が目に焼き付いている。
なぜ早々に殺されていたのか理由が分かった。最初から狙われていたからだ。
「あの襲撃の第一の狙いは王子かもしれないユウキの死。第二の狙いは王の愛人である妻の死。第三の狙いは、王の子かもしれないアサヒの死であった。使用人たちは、口封じと協力者抹殺のために全員殺されたんだ」
「僕たち、本当に殺されるところだったんですね」
普段から探検とかくれんぼで屋敷の構造に詳しかったから、二人を捜す賊から逃げ延びられた。
一度入った夫人の寝室を二度も見にこなかったから、隠し通路に逃げ込めた。
タイミング次第では、あそこで見つかって殺されていたかもしれなかった。
「サリルリ妃もソコレイニ家のことをよく知っている。私の子だと気づけば、あの夜に殺していなかったと知って再度刺客を向けてくる。だから、名目はシュトランス公爵の養子とする」
「分かりました」
ユウキは、サリルリ妃をどうしても許せなかった。
「父上、サリルリ妃への復讐を許してください。無残に殺された母上の弔いをしたいのです」
「それはいけない。相手は特権階級で、我々などいつでも処刑できる。一家断絶も可能なんだ。それはアサヒを巻き込むことにもなる」
「そう……ですね……」
ユウキは、悔しくて強く唇を噛んだ。




