愛人クロバネ
「まあったくー、あの、バカ王妃! 本当に不愉快だわ!」
サリルリ妃は、王に与えられた館でたっぷりの熱いお湯に浸かりながら、メローア妃の悪口を言いまくっていた。
「ね、そう思うでしょ、クロバネも」
話しかけた男は、クロバネ。サリルリ妃が一番気に入っている愛人だ。
漆黒の髪と白い肌。若く逞しく、精悍な顔つきをしている。
人払いした浴室で二人は同じ湯船に浸かっていた。
ワインを飲み、気が向くと抱き合って快楽を共にした。
「まあいいではないですか。そのうち第一王妃の座から滑り落ちますよ」
「そうね。その時は逆さ吊りにしてやるわ。それともギロチンがいいかしら。公開処刑してやるわ。その光景を想像するだけでゾクゾクしちゃう」
サリルリ妃は権力好きであったが、クロバネは別だった。クロバネを自分の男にしておくことは、彼女にとって最高の愉悦であった。
自称俳優で、クロバネと言う名前も芸名のようだが、実際のところ舞台で活躍したことはない。
男には、サリルリ妃だけが知っている裏の顔があった。
二人を引き合わせたのは、祈祷師アグワイネだった。
アグワイネはその職業柄、上流から下層まで、表舞台だけでなく裏社会も、あらゆる階層に人脈があった。
サリルリ妃が女優であったころから知り合いで、アグワイネの助言で第三王妃に上り詰めたと思っているため、今でも何かと頼っている。
6年前、バラストゥル王の子を身ごもったサリルリ妃は、ある夜、予知夢を見た。
自分のお腹から光の玉が出てきた。喜んだのもつかの間、もっと大きな黄金の光に包まれて光の玉は消えてしまった。
どういう意味かとアグワイネに尋ねたところ、光の玉は、未来の王誕生の暗示であるが、もっと大きな力によって邪魔されるだろうと言われてしまった。
お腹の子が未来の王だと言われて大いに喜んだが、それだけに黄金の光の意味を怖れた。
(黄金の光って、誰のこと? 脅威になりそうな王子はいないはず……)
サリルリ妃は、12年前に追放した王子のことを思い出した。
呪われた王子。関わったものも呪われてしまうから、野垂れ死ぬように捨ててこいと命じた。
(あの王子は本当に死んだのかしら? もし、どこかで拾われてまだ生きていたとしたら、私の子の大きな脅威となってしまう!)
不安から、アグワイネの元に頻繁に通った。
自分のところへやってきては弱音を吐くサリルリ妃の為に、アグワイネが紹介したのがクロバネだった。
クロバネは裏社会に通じていて、人さらいから遺体の処分まで秘密裏に行うことができた。
この男ならサリルリ妃の力になるだろうと考えたのだったが、予想以上の力となった。
初顔合わせで、サリルリ妃はクロバネの妖しい魅力に取りつかれてしまった。
二人はピタリと息が合い、出会ったその日に結ばれた。
サリルリ妃は、クロバネの助言で男児殺しに手を染めた。
12歳の男児を全て始末するよう、側近に命じたのだった。
人道的に問題があるとしり込みしたものは容赦なく処刑した。
たくさん殺したものを取りたてるようにしたところ、かなりの人数をこの世から消すことができた。
貴族の子も例外ではなかった。ソコレイニ伯爵のところには12歳の男の子がいた。その子を殺すために、夫人と娘、使用人まで殺した。
その時に生き残り、首謀者としてサリルリ妃の名前を出した使用人がいたと知ったときはヒヤリとしたが、お金目的の偽証だとでっちあげ、使用人はクロバネが始末した。
これで安心できると生んだ子が、念願の王子ニーナであった。
バラストゥル王が亡くなれば、間違いなくニーナが国王となる。
自分は母としてすべての権力を掌握できるだろう。
貧しい家に生まれた娘が最高権力者となる。
サリルリ妃は、なんて輝かしい未来だろうと毎日夢想した。
クロバネは、すべての12歳男児を始末した後でも、サリルリ妃と離れることなく愛人となった。
サリルリ妃は、生まれた後も産後の肥立ちが悪いのなんのと言い訳しては、王宮へ戻らずにクロバネと甘い生活を楽しんだ。
王子のためと言いさえすれば、王は何にもサリルリ妃に言えなくなったのだ。
贅沢も、王子のためとした。
王はニーナ王子にとても甘く、今度こそ無事に育つよう、すべてサリルリ妃の言う通りにした。
サリルリ妃の愚痴は止まらない。
「あーあ、戦争で王が死なないかしら。そしたら私が女王になって、いずれニーナに譲位するの」
それが今一番の願いだが、もし誰かに聞かれたら、自分が処刑されてしまう危険があった。
本音を話せる相手はクロバネしかいなかった。
「あの小うるさいメローア妃は本当に目障り。黙って大人しくしていればいいものを、何かと屁理屈を言うんだもの」
サリルリ妃は、クロバネの逞しい胸に自分の体を押しあてた。
「お願い。メローア妃を殺して。ついでに、アベユマ妃もやっちゃって」
「一度に二人は怪しまれる。サリルリ妃の差し金だとばれてしまうと、死刑は免れないだろう。危険すぎる」
「あらー、クロバネが怖がるの? ああ、私が裏切るかもと思っている? もしあなたが捕まっても、こんな男、知らないわって言うと思っている?」
「私はそんなもの怖くない。むしろ、そう言ってくれて構わない」
その潔さにサリルリ妃の胸はときめいた。
「さすが、クロバネ。格好いいわ」
「ンー」と、情熱的なキスをしたサリルリ妃だったが、クロバネの言葉に青ざめた。
「私は名前を変え、顔を変えて、身を隠すことができる。妃の方こそ、指名手配されたら逃げも隠れもできませんよ」
クロバネの正論に、サリルリ妃は、ウッと言葉を詰まらせた。
今までの極悪非道な行いが明るみに出たら、ギロチンにかかるのは自分ということだ。
それを突き付けられては、却って、とことんやるしかないとサリルリ妃は考えた。
誰も自分に逆らえなくなるように。




