王子誕生1
バラストゥル王国歴2020年。
「ああ、悲しや」
バラストゥル王の第一王妃メローア妃は、白いベッドの上でさめざめと泣いていた。
「メローア妃様。どうか気をしっかりなさってください。王子の命は、私、侍女のトウアが命に代えても守り抜く所存でございます」
「でもでも、この子もあの悪魔に殺されてしまう」
メローア妃は、生まれたばかりの小さな赤子を寂しげに見つめた。
「おぎゃあおぎゃあ」と元気な産声。股間には男の子の象徴がある。
「せっかくバラストゥル王の第一王子としてこの世に生を受けたというのに、祝われることなく命の危険にさらされている。なんて残酷な話でしょう!」
「私が何とか致します」
そこにドアが開いて、第三王妃サリルリ妃が入ってきた。
「サリルリ妃!」
「おやおやおや、この度は王子のご出産、おめでとうございます。あら、その目つきはなんですの? せっかくお祝いに駆け付けたというのに」
「出ていきなさい! 無礼ですよ!」
何も言えないメローア妃に代わって、侍女トウアが注意した。
「あらまあ、あなた、ご自分の立場をお分かりでないの? あなたは、侍女。私は王妃ですわよ」
「私は第一王妃の侍女です。失礼なのはそちらでしょう」
反抗的な態度をとる侍女トウアに対して、サリルリ妃は頭に来ていつか思い知らせてやると心の中で毒づいた。
ゆがんだ顔をトウアは見逃さない。
「美しい顔に心の内が浮かび上がっております」
「ク……、覚えてらっしゃい!」
「はい。私も忘れません」
「そんなことより、その王子よ。その子は呪われている。数日の内に悪魔に殺されるでしょう」
不吉な言葉を口にすると部屋を出て行った。
侍女トウアは、ショックを受けたメローア妃を慰めた。
「メローア妃様、あのような卑しい女の言うことなどお耳に入れてはなりません。この子は私がしっかり見ておりますので安心してお休みください」
「ええ……。ありがとう……」
横になろうとしたその時、今度はバラストゥル王が入ってきた。
「王子が生まれたと聞いて見に来たぞ」
「陛下!」
メローア妃と侍女トウアは慌ててかしずく。
バラストゥル王の後ろには、先ほど追い出したサリルリ妃がいる。二人は、いやな予感がした。
「なんて可愛らしい王子様が誕生したのかしら。ねえ、陛下」
サリルリ妃は、先ほどとは打って変わって愛想がいい。
王の前では、元女優の演技力を発揮する。
メローア妃は同盟国バリステの王家から嫁がれた、いわば政略結婚。
それに対して、サリルリ妃は庶民の出だが、その美貌を生かして国民的女優として活躍していたところを、バラストゥル王の目に留まり輿入れした。
つまり、自分が一番王に愛されていると自信たっぷりだった。
メローア妃は、すでに二人の子を生んでいるが、どちらも幼くして亡くなっている。
一人目の王女は2歳の時に謎の突然死。二人目は待望の王子だったが、生まれた直後、侍女が産湯に浸けたところでそれが熱湯だったため全身やけどで亡くなった。
事故として終わらせたが、メローア妃はどちらもサリルリ妃の差し金だったと疑っていた。
そのため、今度も殺されてしまうんじゃないかと極度に恐れていた。