6.ほら、あのこがかけてくる
「えっ?」
あっけんからんと、爆弾発言を投下したドワーフ・ハッピー。
「少しお待ちになって。」
「えーー!どうして?」
それはこちらのセリフだという思いを飲み込んで
ひとまず、情報整理ということで、私は、ハッピーにこれまでの経緯を話した。お姉さまとのんびりしていたこと、林檎が好きな愛犬・ピーターのこと、そのピーターが急にオークの森へ入ってしまったこと、それをエリザベットが追いかけたこと、そして迷子になってしまったこと。オークの森を抜けた先の草原でハッピーと出会うまでの経緯を話すと、ハッピーは面白そうに口を開いた。
「じゃあ、今スノウは迷子なんだね!なら、尚更、戻らないほうがいいよ。」
「どういうこと?」
ハッピーがいうには、ここは《見晴らしの丘》という場所で、黒いオークの森はその名もずばりの《迷いの森》というらしい。迷いの森に一度入ってしまうと、《導き手》がいないと方向感覚がわからなくなり迷子になってしまうそうだ。私の場合、ピーターが導き手となり、森を先導してくれたおかげで、迷わず見晴らしの丘にくることができたということらしい。
ちなみに、ハッピーは私のことを”エリザベット”とは呼ばず、”スノウ”とよんだ。どうやら、私への白雪姫疑惑は彼女の中では、確信に近いらしい。正直、名前を間違えられるのは心外だけど。
そんな私の心情を知ってか、知らないふりか、ハッピーは自分の考えを話し出す。
「導き手がいたということは、スノウは誰から招かれたってことよね。スノウを導いたのだから、きっとドワーフの王・ドヴェルグか、エルフの女王アールヴのどちらかね。でも・・・」
何やら聞きなれない単語をぶつぶつと語るハッピー。ぶーんとエリザベットの周りを旋回するその様子は、蝶々というよりは、コバエのようだ。エリザベットの周りを5往復した頃、ようやく答えがでたのか、ハッピーはエリザベットの正面に回り、いきよくはなす。
「やっぱり、私たちドワーフが住むドワーフの谷にいくのが一番だわ!人間界に戻るにしても、ドックに聞かないとわからないし!そうしましょう!スノウ!」
スノウというのは、やめてほしいと苦々しく思いつつ、エリザベットは考える。
確かにハッピーがいうように、今の自分には元の黒い森に戻ろうにも、薄暗いあの森で一人で戻るのは危険な気がする。それにここにはピーターがいない。ピーターが導き手だというハッピーの主張を全面に信じるわけではないけれど、ピーターをこのまま置いていくわけにもいかない。
でも、今日はじめてあったハッピーについていくのも不安だ。物語では、妖精と人間の子供を取り換えるチェンジチルドレンもある。ハッピーが嘘をついているとも考えにくいけれど、ドワーフっていうのも本当のところ怪しい。
ならば、どうすればいいか。
「・・・魔法で戻れないのかしら。」
エリザベットがそういうと、ハッピーは予想外とでもいうかのように真ん丸に目を見開いて固まった。
「魔法で?確かに戻れるかもしれないけど・・・そう!ピーターはどうするの?大事な友達なんでしょう?」
「それも魔法でさがしてみましょう。」
せっかく魔法という便利なものがあるのだから、使わない手はない。前は急げだわ。また、あの恥ずかしい呪文を唱えるのは少し嫌だけど、今は恥ずかしがっている場合ではない。
「ちんぷいぷい、はーらへいーら。ピーターをここに連れてきて。」
よどみなくエリザベットが唱えると、まるでそれに応える可能用に風が通り抜けた。
エリザベットは、風が通り抜けた注意深くみた。すると、はるか向こうの草原から、小さな影がうっすらみえた。
「ピーターだわ!」
白いけむくじゃらの犬が、舌を出しながらこちらに向かって駆けてくる。
「ピーター!どこにいってたの!探したんだから!」
迷わずエリザベットの元に駆けてくるピーターを、思わず抱きしめた。もふもふする毛並みと心地よい体温の温かさに触れて、エリザベットはちょっぴり泣きそうになった。
「あら?あれは何かしら?」
ハッピーが指さすその先は、黒いオークの森だ。先ほどとは違い、暗い森の中で、淡いオレンジ色の灯りがいくつも見える。不思議に思って、目を凝らして見ると、どうやらランタンの光のようだ。
少しずつ近づくその灯りは、よくみれば一列に連なっている。小さな子供を先頭に、黒いキャスケット帽を被った猟師、茶色い犬、馬に乗った騎士、太った商人風の男、怪しげな斧を持った男、ドレスを着た男、羊飼いと羊。人間や動物がおもちゃの兵隊のようにこちらに向かっている。そのほとんどが知らない人ばかりだ。
どんどん近づくの行列に、エリザベットは見覚えのある人を発見した。
ブイヨン男爵。父の友人で、よく一緒に狩りに興じている。今日のパーティーにも参加しており、黒いキャスケット帽と緑のチョッキを着て、茶色のポインターを引き連れて狩りに興じていた。
しかし、ブイヨン男爵は社交的で、一人で行動しているところをみたことがない。それに一人で行動するにしても、彼の従者が控えているのが普通だ。では、何故、ブイヨン男爵がここに向かっているのだろう。
”ちんぷいぷい、はーらへいーら。ピーターをここに連れてきて。”
先ほど唱えた呪文を思い出して、エリザベットは叫んだ!
「ちんぷいぷい、はーらへいーら!白いけむくじゃらの犬のピーター以外は元の場所に戻って!」
もうすぐハロウィンですね。私はアリス様の侍女グレンダです。
この国でも、秋の終わりにハロウィンがあります。
各家庭では、林檎、カボチャ、白いクリームの三種のパイが作られます。
夜になると、仮装した人々が屋敷にやってきて、パイをねだります。
お姫様と小人の恰好をした子供たちには、林檎のパイを、
それ以外の仮装した子供たちには、カボチャのパイが振舞われます。
そして、パイを食べ終わった頃にやってくるモーヴェに扮した大人がやってくると
子供たちが一斉に白いクリームパイを投げつけ追い払います。
全力で逃げるモーヴェたちが門の外まで逃げるのを見届けると、
村中の人々が広場に集まって焚火台に火を灯し、ご先祖様の霊と一緒にお酒を飲みます。
お酒を飲み損ねたモーヴェ役の人には、
次の日に1年分のお酒が贈呈されるため、毎年モーヴェ役は争奪戦になっています。
ちなみに、今年のモーヴェ役は、私です。
(by アリス様の侍女 グレンダ)