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王様は魔法使い  作者: 萩野満月
第一部 名前を憶えてもらえない系女子
4/12

3.白い犬と黒いオークの森


 それは、ある昼下がりのできごとだった。


 その日、トランティニャン邸の庭では、王国国内の愛犬家とその愛犬たちが集まってガーデンパーティが開かれていた。

 トランティニャン侯爵家の当主、マクシミリアン・ルシアン・トランティニャンは、大変な愛犬家として知られており、彼は邸内に犬専用の離宮と広大なドックスペースを作りだすほどだった。今は亡き奥方は、そんな彼を見かねて犬専用の衣装を考案したという逸話は、国中の愛犬家たちの常識である。

 そんな彼の新しい奥方、ミランダ夫人は、シュガーピンクの帽子と花柄のカジュアルドレスに身を包み、おそろいのリボンをつけた白いマルチーズを膝にのせ、友人たちと優雅に談笑している。


 殿方は猟犬を連れてオークの森へ狩りに、婦人たちは犬をファッションアイテムのように連れ添いお茶を楽しむ。まさに、貴族の優雅な休日である。

 

 そんな大人たちをしり目に、エリザベットとアリスは、バスケットを片手に邸内のりんご畑でのんびりとしていた。


「お父様も、お母様も本当に飽きないわね。休日まで誰かとおしゃべりだなんて、お辛くないのかしら。」

「本当ですね。」

「良い歳なんだから、そんなにはしゃがなくてもよいのに。ほんと、あの二人は似たもの夫婦だわ。」

「確かに。」

 二人でクスクスと笑いながら、おしゃべりをする。エリザベットにとって、アリスは一緒にいて気楽で楽しいお姉さんであり、アリスにとってもエリザベットは、気楽でかわいい妹だった。

 そんな二人をほほえましく見ながら侍女のマーサが、もぎたての林檎をむいている。秋にできる林檎は、春にできる林檎と違って、ルビーのような光沢のある深い赤に染まって、とっても甘い。

 でも、白雪姫を連想させるから、あんまり好きじゃない。


 そんなことを考えていると、白いけむくじゃらの犬がこちらに向かって突進してきた。

「ピーター!待て!おすわり!」

 

 エリザベットが指示を出すと、しっぽをふりふりしながら、お座りしているわんこ。

 この子の名前は、ピーター。元気がありあまる甘えん坊のわんこだ。先ほどまで猟師のトリマーを振り回し、元気よくかけていたのに、マーサの林檎が剥けたのに気付いたのか、トリマーを振りかぶってかけてきたのだ。犬なのに林檎が好きで、邸内の林檎畑の大半は、このピーターの胃袋に収まっている。そのくせ皮は絶対に食べないという徹底ぶり。

「あいかわず、ピーターは林檎が好きなのね。」

「もう!食べるのはいいけど、皮は自分でむいてほしいものだわ!」

 エリザベットがぷんぷん起こっていると、エリー姉さまとマーサは笑った。

 ちなみに、エリーお姉さまの膝で寝ているダルメシアンはポンゴ。お姉さまの愛犬で、晴れた日は、お庭でポンゴのブラッシングをしているのが見える。今は、エリザベットとピーターのやりとりに気にもかけずにスヤスヤとまどろんでいる。


 そうこうしているうちに、ピーターは食事を終えたのか、大きなあくびを一つして、そのまま寝てしまった。こういう時、犬はいいなと思う。


「はぁ、はぁ、やっと追いつきましたぜ。」


 トリマーは、散々ピーターに追い掛け回されて息切れを起こしているのか、地面にしゃがみこんだ。

オレンジ色のキャスケット帽子を外し、扇のように仰いでいる。猟師であるトリマーは、普段は父と一緒に猟のお供をするのだが、今日はガーデンパーティということもあり、子供たちの監視役を担っている。


「なんですか?お嬢様方の前で!はしたない!」


 ちなみに、侍女のマーサの旦那さんである。



「それにしても、ピーター様にはひどい目にあわされましたよ。」

「ごめんなさいね。トリマー。」

「いえいえ。これも仕事ですから。」

「良かったら、林檎酒でもおひとついかがですか。」

「ありがてぇ。それでは遠慮なく。」

 そういうとトリマーは、林檎酒の入った瓶をそのまま口につけ、一気に飲み干してしまった。よほど喉が渇いていたのだろう、飲みっぷりだ。ただ、後ろからマーサからどす黒いオーラが出てきている気がするのだが、気にしないでおこう。


 ふいに、寝ていたピーターが起きだした。何かをかんじているみたいで、まっすぐとお屋敷の方を見ている。エリザベットは、どうしたのかと思っていると、ピーターが急にお屋敷に向かって走りだした。


「ピーター!」


 思わず、エリザベットはピーターを追いかける。後ろで静止を呼びかけるマーサとエリーの声が聞こえたが、急に走り出したピーターが心配でエリザベットはそのまま走り続けた。

 ピーターはお屋敷前で止まるかと思ったが、お屋敷を横切りそのままお屋敷の裏手に走りだす。お屋敷の裏手には、オークの森が広がっている。エリザベットは産まれてこのかた一度もそこに足を踏み入れたことがない。


 エリザベットは咄嗟に屋敷の外にかけてあったランタンを手に持って森へと駆け出した。

 

 迷いの森。

 

 そう呼ばれてもおかしくないほどに、昼間だというのに夜のように真っ暗だった。ランタンの灯りで足元を照らし、獣道に入らないように気をつける。木々のざわめきが妙に煩く感じる。普段感じたことがないほど心臓がどくどくと動くのを感じながら、エリザベットは前に進んだ。


「ピーター!いい加減に戻ってきなさい!」


 あれからどのくらい経ったかわからない。

 白いけむくじゃらのピーターは、目の前に続く道先でこちらを待っては進むを繰り返していた。何度呼び掛けても、戻ってこない。エリザベットが途中で休憩しても、その場で静かに待っている。普段からあまり吠えることはないけれど、ここまで声を出さないこともなかった。そして何より、自分が不思議と引き返さなければと思わなくなっていることに、エリザベットは焦っていた。


「どうして、ピーターは戻ってこないのかしら。」


 そんなことを考えていると、ふいに前方が明るくなりはじめた。

トリマーは、マーサに一目ぼれです。

マーサのメイド服についている銀のカフスボタンは、トリマーさんのプレゼントです。

ちなみに、お値段は見習いだったトリマーさんの給金1年分です。

(by アリス)

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