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女神の朝食は

 

『交易街ベアツ』への道のりは思った程快適な物ではなかった。

 道幅はキャビンがすれ違う事が出来るギリギリの広さ程しか無く、両側は森に挟まれていて視界も悪い。

 木製の車輪が踏みしめる大地は雑草に覆われ、轍の跡が無ければそこが道である事に気付かないかもしれない。

 砂利と土が混ざったような地面を車輪が転がる度に、そこそこ不快な振動がキャビンを襲う。

 乗り物に酔いやすい伊吹にとってはこれ以上ない位酷い環境なのは間違いなかった。


 ──ダメだこれ……ケツも痛くなるし最悪だ……


 キャビンの中よりは外で空気に当たってる方がマシだろうと、御者席に座る伊吹はすでにグロッキーだ。

 一方隣でランビューンの手綱を握っているユードは意気揚々としている。


「はいよー! いいペースだぞお前達ー! この調子でどんどん行くさ~!」


 やはりユードには『野獣使い(テイマー)』の素質があるのだろうか?

 ランビューンの様子は、店で見た時とは明らかに違って見える。楽しげで、ユードをしきりに気にしているようだ。


「……ユード……すまないが少しペースを……うっぷ……」


「ありゃ? もしかして兄貴は乗り物苦手っすか?」


「……自分が動かしてると平気なんだけどな。どうも意図しない揺れには弱いみたいで……」


「そっすかー……どうします? まだそんなに進んでないですけど、ここらで休みましょーか?」


 ユードにそう言われて時計を確認してみると、確かにまだ一時間も経過していなかった。

 すぐにでもランビューンから降りて、動かない大地に寝転がりたい気分の伊吹であったが、さすがに気が引ける。


「いや大丈夫だすまない。このまま行ってくれ……もう少し頑張る……」


 とりあえず深呼吸して空でも見あげてみる。

 1つ、2つと大きく息を吸い込むと清々しい空気が体を満たしていく。やはり空気の鮮度が段違いだ。


 ──そういえば皆は酔ってないのかな?


 ふと気になった伊吹はキャビンの小窓を開けて中を覗いてみた。


「ぐーぐー……」


「……むにゃ」


 そんなキャビン内に見えるのは、心地よさそうに浮かんでいる女神と小さな花。ヒマワリは椅子で丸くなっているので、魔法の影響を受けていないようだ。

 早朝に出発したせいで寝不足だっただろうか? 皆よく眠っている。


 ──なるほどねぇ……浮遊魔法で浮かせておけば振動も関係なしって事か


 キャビン内部は大人が4人並んで座れる座席が2つ向かい合うように設置されていて、足を延ばしてもゆったり出来る位には広い。

 後部側は仕切りで荷物等を積み込む空間が確保されており、今はそこがほぼ埋まっている状態だ。

 3~4日程度の旅路にここまでの荷物は大袈裟なようにも見えるが、実際問題道中で何があるか分からないと伊吹は考えていた。

 荷物の内訳の大半を占めているのが食糧や水。他には野営に必要な道具や毛布類。ランプや調理器具もある。

 そして一際目を引くのが『剣』と『盾』だった。どちらも伊吹が購入した物で、店に置いてある中でもっとも高価な物を選んできたようだ。


 シャロニカ頼りの現状を良しとしていなかった伊吹が、自分も戦力になる方法を考えた結果これらを購入するに至ったのだ。


 ──まぁ、単にカッコよかったから買っちゃったってのもあるんだけど……


 西洋武具の魅力に惹かれる野郎は多い。俺もそのうちの1人だったという事だ。

 だが、これで戦える。ドラゴンとか、ユードが追ってた(ぬし)みたいなのは厳しいだろうけど……

 森で襲われた蛇とか、あれ位なら何とかやり合えるだろう。


「──どう! どうどう!」


 キャビンを覗き込みながらそんな事を考えていると、ランビューンを御するユードの声が聞こえてきた。

 何事かと思い前へと向き直ると、いつの間にかランビューンの走りが速くなっているように感じて伊吹は焦った。


「──な、なぁユード……ちょっと早くないか?」


「どうどう! ──す、すいません兄貴……この子達が急においらの言う事聞かなくなって……」


「え……!? 大丈夫なのか?」


「なんとか……やってみるっす……」


「結構ヤバそうだね……」


 必死で手綱を振うユードの横顔に余裕は一切見られない。そしてそれを見た伊吹もまた、冷や汗を流し始めていた。

 ユードの制御下から外れたランビューンの暴走はさらに激しさを増していく。


「──どうどう! ──怯えてる?」


 まるで何かから逃げるように前へ前と我武者羅に走るランビューンに違和感を感じたユードが辺りを見回した。


「怯えるって一体何に……?」


「わ、分かんないっすけど……もしかしたら野獣が近くに居るのかも」


「──野獣!? 森の中か?」


 キャビン後方には何も見えず、考えられるとすれば道を挟むように続いている森に野獣が潜んでいると伊吹は予想した。

 しかし目を凝らしてみてもそれらしき姿は確認できない。


「シャロニカ起きてくれ! 何かヤバそうなんだ!」


 キャビンの小窓から伊吹が叫ぶと、それに反応したシャロニカが眠そうな顔で返事をした。


「ん~? ようやく朝食か? もうブランチになってんじゃないのかイブキー」


「飯はまだだ! 周辺を警戒してくれ! 何かおかし──」


「──兄貴、姉御! 何かに捕まっ──」


 どんっと、大きな音がした。

 突然の衝撃がキャビンを襲った事に気付かぬうちに、伊吹の体は宙に投げ出されていた。


 ──え!? 


 御者席から放り出された伊吹は通り過ぎていくキャビンを眺めながら沿道に叩きつけられた。


「──ぐあっ!!」


 体感で20キロ以上はあったであろう速度から放り出された伊吹は地面を二転、三転してから止まった。

 幸い沿道は柔らかい土と雑草に覆われていた為、大きなダメージは無さそうだ。


 ──キャビンを追わないと……!


 慌てて立ち上がり、キャビンを探して前を向く伊吹。するとそこに、豪快に転倒しているキャビンの姿があった。


「──っ! カスミーー!」


 キャビン目掛けて駆け出した伊吹だが、その足はすぐに止まった。


「イブキー!」


「──カスミ!? 無事だったのか!?」


 カスミとヒマワリが揃ってキャビンから地面に降り立つ姿を見た伊吹が思わず安堵の声を上げていた。


「うん! びっくりしたけど、シャロがまもってくれたよ!」


 カスミのピンチを何度も救ってくれるシャロニカ。俺達にとってはまさに幸運の女神様だ。

 どこか抜けているように見えても、肝心な所では頼りになる。


 そんな頼れる金髪金眼の女神がキャビンから姿を現すと、伊吹はユードの姿が見えない事に気付いた。


「──シャロニカ! ユードは!?」


「ユード? あれ? どこ行った?」


 キャビンまで駆け寄った伊吹は御者席を確認するがユードの姿は見当たらない。

 代わりに震えながら佇むランビューンが2頭、それぞれ別の方角に離れて佇んでいる。


 ──ランビューンが別々に……キャビンが転倒したのはこのせいか?


「いててて……」


「──ユード!?」


 倒れたキャビンの下から這い出てくるユードを見つけた伊吹が慌てて駆け寄った。


「おい……大丈夫か?」


「ありがとうっす兄貴……なんとか……いちち……」


 痛むユードに手を貸してから、全身埃まみれの服を払ってやる伊吹。

 所々服が破れているのが見られたが、大きな外傷は無さそうだった。


「大事にならずに良かったなお互い……しかし……これは……」


「……すまないっす兄貴……おいらが不甲斐ないばかりにこんな事に……」


「気にするな。それより野獣は──」


「──きゃあっ!」


「──!?」


 突然聞こえてきたカスミの叫び声。伊吹とユードは顔を見合わせたまま一瞬固まったが、すぐさまキャビンの裏側へ回り込んだ。


「──カスミ!……っ!?」


「──!! アイツは……!」


 前方に見えるのは怯えるカスミと威嚇姿勢のヒマワリ。その2人の前に立つシャロニカは怪しい笑みを浮かべている。

 そしてさらに先、今しがた進んできた道の真ん中に、物々しい雰囲気を漂わせた黒き影があった。


 その異質で凶悪な存在を、ユードとシャロニカの2人はよく知っていた──




「──よう『森の主(もりのぬし)』用事があるなら早く済ませてくれ。朝食がまだなんだ」



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