第一話 ヘンキョウにて
浮遊感 何かに引っ張られるような感覚。
そして誰かが自分を呼ぶ声………。
そこで魔王は目を覚ました。
「……ここは?」
まず目に入ったのは木でできた天井、魔王城には無いものだ。
そしてどうやら自分は今小さめのベッドに寝かされているらしい、
足が端からはみ出ている。
魔王は上半身を起こすとベッドの縁に腰掛辺りを見渡した。
この部屋はどうやら寝室のようで、ベッドに、サイドテーブル、洋服ダンスと
最低限の物しか置いておらず、奥には何処へ続くかもわからない扉が一つあるだけの、
簡素ながらもそれなりに広い部屋だった。
「いったい…何が……」
魔王はあの時起こったことを思い出そうとした。
確か側近に魔法で攻撃されて…強烈な熱、爆破の衝撃……そこまでは覚えてる…
その後だ、何かに引っ張られそしてあの浮遊感、誰かの呼ぶ声…まて何か忘れているような…
なんだったか…そこまで考えてハッとした。
「そうだ!側近に攻撃されたとき我は何かに躓いて…」
ガチャ
そのとき奥の扉が開き一人の少女が出てきた。
身長は160センチ位、ウェーブのかかったブロンドの髪が肩まで伸びていて、
服とおそろいのエプロンを付けている。
「あっよかった目が覚めたんですね」
少女は魔王を見ると微笑んだ。
「……………」
しかし魔王はショックのあまりそれに答えることができなかった。
目の前にいる少女から目を離すことができない、角も獣のような耳も無い
つまり彼女は俗に言う人間というやつだ。
人間がいるということはつまりここは人間の領土なわけで要するに敵国の領地に
足を踏み入れてるどころか全身浸かってるわけで…。
「あのー大丈夫ですか?」
その声で魔王は現実に引き戻された。
「あ…ああ、大丈夫だ」
「よかったーあんなことになってたから後遺症か何かあるのかと思っちゃいましたよ。」
「あんな事?」
「覚えてないんですか、貴方空から降ってきたんですよ」
今この少女はなんと言った?
「それで地面に突き刺さってたのをみんなで引き抜いてここまで運んだんです」
「……よく何の警戒もなしに引き抜いたな」
自分なら見なかったことにするだろうと魔王は思った。
「あっ自己紹介がまだでしたね私はレミィといいます」
そう言うと、レミィと名乗った少女はぺこりと頭を下げた。
「ああ…どうも我は…我は…」
魔王は内心あせっていた生まれてからこれまで魔王としか呼ばれたことの無いため
魔王には名前が無い、かといって敵対している領土内で魔王ですなどと名乗ったらまずいことになる。
かといって偽名なんてものは思いつかない。
「我は…我は・・・」
「?」
「魔王と言う者だ」
魔王は嘘が付けなかった。
「…マオウさん…かわったお名前ですねぇ」
いや反応が薄すぎる、魔王といえばその名を聞けば赤子も泣き出すとも言われる恐怖の存在、
本来ならば泣きながら逃げ出してもいいくらいなのだがこの少女は震え一つ起こさず
相変わらず微笑んでいる。
「うむ我は魔王だ」
「ええマオウさんですよね」
「あーえっと、どこかで聞いたこととかあるのではないかほら最近よく耳にする」
知らないなら知らないで少し傷つくのが男というものだ。
「えっえーとはっもしかしてっ」
そうそれだっ魔王は心の中で叫んだ。
「有名な騎士様だったりしました?私とんだ無礼な事を…」
「あっいやそういうのではない、というか本当に我が誰かわからないのか?」
「すいません…このヘンキョウ村はキングスダーム領の最西端にあるので王都からの情報が
届かないんですよ」
「ああ、なるほど、いや気にするなよくよく考えたらたいして有名ではなかった」
この村の人間にとって全身漆黒の鎧に包まれた大柄な男が地面に突き刺さっていたところで
旅人が行き倒れてるのとそう変わらんのだろうと魔王は思った。
キングスダームについては昔、側近から聞いたことがある、この世界は主に五つの国によって成り立っていると。
人界キングスダーム、樹界ユグドラシア、山界ヤマトノクニ、島界シーラディア、そしてその中心
にあるのが魔界ネザーヴ。
その中でも人が多く自然が豊かで、食料も水もあり何不自由なく国民が暮らしている国それがキングスダーム
という国らしい。
「あっあのところでマオウさん…」
「んぁ?どうした」
急に声を掛けられたので思わず変な声がでてしまう。
「あの、お腹空いていませんか?」
「お腹……か…」
基本的に、彷徨う鎧である魔王は、
人間と体の構造が違うので物を食べなくても生きていけるのだが…。
「ああ…そういえば空いてるような気もするな」
言える訳が無いいくら嘘が付けない体質だとしも上目遣いで不安そうにこちらを見つめるレミィの顔を
見てしまったら。
「本当ですか!」
レミィの顔がパーッと笑顔になる。
「あのお昼ご飯作ったので一緒に食べませんか」
「いいのか?我なんかが食べて」
「ええ一人で食べるには作りすぎちゃって、こっちです」
そう言うとレミィは魔王の腕をとると部屋の外へと連れ出す。
そこにはかなり広い空間が広がっていた、中央には大きな木製のテーブルが置かれ、それと対を成す
椅子が四脚、机の下に収まっている。
奥にはかまどと一体型になった調理場が見える。
さらに魔王の寝ていた部屋以外に装飾が施されている三つのドアがある。
どうかんがえても田舎の村には不釣合いだった。
「マオウさんこっちです、ここに座ってください」
魔王は言われるがままその席に座る鎧を着たままの姿でも簡単に座れてしまうほど
大きな椅子だ、おそらくそれなりに値が張るものだろう。
「すぐ用意するので待っていて下さい」
そういうとレミィは調理場に向かい皿を運んでくる。
そしてパンとスープの入った皿を次々とテーブルに並べていき、
数分で食事の準備が整ってしまった。
「さぁ食べましょう…といいたいんですけどマオウさん」
「ん?どうした」
「マオウさん兜も取らないでどう食事するつもりなんですか?」
「ああ、それなら心配いらない」
そういうと魔王は少し力を入れるすると兜の口の部分がシュッという音と共に開く。
「これで食べれる」
「あーそうですねそれじゃいただきましょう…」
すこし引きつった笑みを浮かべつつレミィは手を合わせる。
「何をしているのだそれは?」
魔王は不思議そうにその様子をみていた。
「これはすべての生きとし生けるものに感謝しその命をいただくという意味なんです」
なるほどと言いながら魔王もそれに倣った。
「「いただきます」」
二人の声がかさなる。
まず魔王は楕円形のパンを一かけらちぎって口の中に放り込む。
その瞬間、ふんわりとした甘さとパンの表面の香ばしさが全身に広がった。
「うまいっ」
魔王は味覚を感じられるように自分を作った者に感謝した。
「よかったーお口に合うか少し不安だったんですよ」
「うむ、いい腕だ」
そう言うと魔王はスープに手を付けた。
おそらくにんじんとジャガイモだろうか金色のスープに野菜がそのままゴロゴロと入っている。
スプーンで野菜を切るとそのまま崩れてしまうのではと言うぐらいやわらかい。
魔王はスプーンに具とスープをすくうと口の中に流し込んだ。
全身に広がる野菜の甘み、ほのかに香る出汁。
「これもうまいっ」
レミィはよかったーと微笑んだ。
いつ以来だろうか、こんな食事をしたのは、
魔王は体内に入った物質を中核部分、ダークマターにより吸収し
活動エネルギーに変換する様に作られていた。
そのため魔王は殆どすべてのものを食べることができた、そのため主に、
エネルギー効率のいい鉱石などを食べさせられていた。
無味それが鉱石を食べたときの感想だった…この食生活も魔王が城の外に出たい
理由の一つでもあった。
普通の食事がしたい魔王は常日頃からそんなことを考えていた、
それが城を出て一日と経たずにかなった。
魔王は夢中で食事をかっ喰らった。
「「ごちそうさまでしたっ」」
食事が終わり手をあわせる。
「一人じゃないってなんかいいですね」
「ん、そうだな」
すると突然レミィが神妙な面持ちでこちらを見つめる。
「あ…あのですねマオウさん…」
魔王もつい背筋を伸ばしてしまう。
「これからの予定とかあるんですか?」
「は?」
思わぬ質問に変な声が出る。
予定…これからどうするか…。
「特に無いな」
なにも浮かばなかった。
それを聞いたレミィはがばっと前のめりになる。
「ほほほほ本当ですか、ならあのわたわたわたしと…」
ドカッ
そのとき突然入り口の扉が開き一人の男が飛び込んでくる。
「たっ大変だレミィちゃん」
「どうしたんですか!ジローさん」
レミィが駆け寄る。
ジローと呼ばれたすこし小柄の青年は息も絶え絶えになりながら何かを伝えようとしている。
「へ、変な奴が……村で暴れてる!!」
魔王とレミィは顔を見合わせた。
つづく