9話 商人になろう
街を案内されて三日目、アルがやけに嬉しそうだ。聞けば、セレスティアル様が明後日帰還するという。あぁ、アルのお尻に尻尾が見えるようだよ……生暖かい目で眺めてしまった。本当に好きなんだね。
私もセレスティアル様の帰還は嬉しい。
お屋敷に伺えばルークとヴォルフに会えるし、何より魔石不足により中断になっている護りのペンダントの完成が近づくのだ。
セレスティアル様が護衛任務の際に狩った魔物の中でも、比較的強い魔物が持つ魔石が私の護りのペンダントに使われる。
その魔石に、王が直々に魔力を注ぐことで、より強力な護符が完成するのだそうだ。
ペンダントさえあれば、晴れて一人歩きできるようになる。アルの付き添いも心強いのだが、やっぱり一人を満喫できる環境は欲しい。振り回すのも悪いしね。
さて、今日もまたジューススタンドに通うとするか。近頃の恒例行事になってるけど。
お値段手頃だし、ミラお姉さんはとても親切で優しい人だったからね。美味しい飲み物を飲みながらだと、人の流れや売り出す物を考えるのが楽しい。
「アリスちゃん、いらっしゃい。今日は何飲むの?」
「今日は桃の味にしようかな。ところでこのお店、お茶は出さないの?」
「そうねぇ、お父さんがやってた時はあまり出回らなかったから止めちゃったのよ」
苦笑交じりにジュースを差し出しされ、お金を渡す。アルは後ろのベンチで報告書か何かを読んでる。
ふむ、お父さんの昔の知り合いをたどれば紅茶の仕入れ先ルートは確保できるね。今日はミラさんにお願いしてみようと思ってやってきたのだ。
実は、クッキーと紅茶が売れると考えたのさ。ここの客層はカップルが多い。デートの休憩が主たる目的のようなので、ちょっとしたお土産を販売すると手応えありそうなのだ。イートイン方式にするとお茶があった方がマッチする感じだし。
意を決して話し出す。
「お姉さんとこってお家にオーブンある?」
「うーん……残念ながら家にはないわね。もっと大きな商家だったら、貴族との繋がりもあるから、持っていると思うわよ」
ダメかぁ……やっぱりオーブンはお金持ちとか、富裕層向きなんだね。ん?
「アル!」
いい事を思いついて、アルに交渉先を切り替えた。王宮ならどう考えてもあるでしょ!
「アル、王宮の厨房貸して欲しいの。利用料払うから、空いてる時間に使わせて!」
いきなりすごい勢いでアルの元に駆けてきた私をみて、若干引き気味になりながら、
「なんで厨房なんだよ……オレじゃ判断つかないぞ。カミュに聞いてみろよ」
「ありがとう。カミュさん、厨房ってどうやったら使えますか?」
さり気なく脇道の方から現れたカミュさんはアルの側近さん。私とアルの護衛も兼ねて私の外出に毎日付き合ってもらっている。というか、私より熱心なくらい、いや違うな、私より熱い視線でお店に通ってるんだよねぇ。まぁ、解らなくはない、ミラお姉さん美人だし。
話しが外れた…
カミュさんに聞いたところ、詳しいのは侍従長あたりらしいので、そちらに話しを通してもらうことにした。
またミラさんのところに走って戻って、
「お姉さん! 私が作ってきたものをお姉さんのお店で一緒に売って欲しいの。少し準備に時間がかかると思うから、できたら連絡します!」
私の必死な顔にやっぱり引き気味のお姉さんはコクコク頷くと「待ってるわ」と言ってくれた。ありがとう、ミラお姉さん!
上機嫌になりながら、アルに話しかけた。
「ふふふ〜ん、アル、王宮行こ、王宮」
「な、何かやろうとしてるな。大丈夫なのか?」
あまりの浮かれ具合に、怪訝な顔を隠しもせずにアルが立ち上がる。
とりあえず厨房に連れて行って貰おう。
私はアルの手を引きながら王宮に向かった。
ということで、現在私は王宮の厨房にいる。
アルとカミュさんが厨房を使えるように頼み込んでくれたまでは良かった。いかんせん、料理人まで話しが届いてないので、誰もいないのだ。
昼には遅く夕食にはまだ早いこの時間、人がいないのは当たり前だった。うかつすぎる……
しばらく佇んでいると、料理人見習いの男の子がやってきた。その子を捕まえて、料理長にアポが取れるようにお願いしてその場を後にした。しばらく王宮通いになるかなぁ。
次の日、見習い君ーー名前はコリン君というらしいーーを見かけて料理長の都合を聞いたら、明後日の昼過ぎ一回目の鐘に時間を取ってくれるとのこと。やったぁ!
……と、待てよ?
大事な材料のこと忘れてたぁ!
コリン君に無理言って、明後日までに小麦粉と卵、バターと砂糖を少量でいいから都合つけてもらえるように拝み倒した。お金は払いましたよ、もちろん。
さて、料理長とご対面当日です。
厨房付近でコリン君を探し、料理長に合わせてもらった。強面なおじさんを想像してたんだけど……痩せ型のちょっと気弱そうなおじさんでした。そのことを素直に言ったら大笑いされちゃった。えへ。
厨房を使わせてもらう理由と材料を見せて、クッキー作りを始めた。
目の前で作ることで害がないことを証明しないとね。出来上がったクッキーを私が一口食べて、料理長に差し出した。
砂糖の花を使ってるだけあって、薄紅色のコーティングが薄っすらとされている。
作っている時も試食してる今もすごく厳しい顔だ。しかし、次の瞬間、驚きの表情に変わった。
「……どうですか?」
「この食感と味、初めてだ。どこで覚えた?」
「え……と、私、記憶持ちなんです。だからこの国に無いものが作れるというか……」
料理長が再び厳しい顔つきに変わり、クッキーを睨みつけている。
「あのぉ。このクッキーを街のジューススタンドのお店に小分けにして置いてもらうようにしたいんです。価格は抑えめがいいという思うんですが……」
恐る恐る料理長にこれを売り出したいことを伝えた。
「なるほど、君があの噂になってる記憶持ちか……なあ、厨房で働かないか? 街で売るより王宮お抱えの料理人になれるぞ。俺の推薦状をつけたら即採用だ」
「あははは……考えときますよ」
噂になってるって……悪い話しじゃないよね。そんなことを言ってみたら、珍しい客人が神殿にいるらしいと世間話になってるとのことだった。
「それにしても……これを売るのはいいが、少し時期を待て。今月末にある王族とそれぞれの地方を治める九領主の会合、その後のパーティーで試食会をしてからの方がいいと思うぞ。種類はこれ一つか?」
「いえ、一番シンプルなものを、と思ったので。似たようなお菓子なら材料さえあれば、結構できるかと」
「三種類くらいでいい。あまりあっても価値が下がるだろ?」
ニヤリと笑う料理長。うぬぬ。お主、策士よのぅ。
「私は『記憶』を使ってこの街を活性化したいと思うんです。お菓子はその起爆剤になれると考えました。アルやゼフュール王にもお世話になってるし」
「それなら、なおさら会合に併せてアピールするべきだ。地方領主から近隣の富豪なんかに繋がることもあるからな。これはちょっとした情報なんだが、セレスティアル様に相談するのがいいと思うぞ、私も引き立ててもらった一人だからな」
「わかりました。アルを通じてセレスティアル様に面会予約してみます」
よーし。手応えはあった。お菓子は何を作ってみようかな?
本当はお煎餅とかお餅とか作りたいけどなぁ……米の存在がわからないから無理だ。あぁ、たまにお米を食べたくなるのは魂に刻まれた日本人の記憶なんだろな、ちょっぴり切ない……
アルにお願いしてセレスティアル様に面会できたのは次の日の夕方だった。




