25話 花護衛の国の花
「ガウナはエレンの面倒みてあげてよ。リアン様はロッテ様のお世話で忙しいんだから。あと、エレンと一緒にアルのところまでお使いもお願いね?」
『姉ちゃん、人使いが荒すぎるぜ、いや、狼使いか。エレンのお守りって大変なんだぞ。毛皮バリバリ掴むから痛えんだよ。話せるようになった途端に使いっ走りが多いんだから』
「はいはい、文句言ってないで動いてね」
エレンのヌイグルミは地の龍が気に入ってしまって、とうとう自分のものにすると宣言した。
当然エレンは納得しなかった。
不機嫌なエレンを散々周りが宥めすかし、妥協案として龍がガウナと話せるようにしてくれたのだ。
ずいぶん昔に王族限定でできる心話だったが、龍も面倒になったのか、人間と心話ができる、という名目で新たに契約を結んだらしい。
『らしい』というのは、龍自身が自分の中で契約として認識すればいいことらしく、さっさと自分だけで決めてしまったようだったのだ。あっさりと覆った条件に、呆れて苦笑いすることしかできなかった。
そんなこともあって、今私は普通にガウナをこき使ってる。エレンのお守りという大役を任せているのだ。ブツブツ文句を言いつつも、ガウナがエレンを可愛がっているのは誰から見ても解り過ぎるくらいで、皆が知らずに笑顔になっている。
エレンはリアン様にずいぶん懐いて、王都で王様からの承認を受け次第、養子縁組してリアン様の子になることに決まった。ロッテ様も快く引き受け、めでたく家族として新たに出発することになった。そしてその場でエレンの弟か妹ができることが公表されたのだ。
王妃の厳命とか言ってガッツリ私をけしかけたリアン様だったが、ちゃっかり自分はロッテ様との間に赤ちゃんを授かっていたみたいだったのよ。びっくりしたわ。まあ当人も驚いていたから、私的には気分がいいけどね。
何だかんだ言いながら、リアン様を上手く操縦できるロッテ様、私、あなたをリスペクトしちゃいますわ。
イヴァン領は魔力の安定と魔物の鎮静化が補償されたので、一、二年のうちに領主から引退を願い出しているという。
数年前まで絶望しかなかった自分たちの境遇を思えば、領主の仕事を手放しても満足のいく結果だと、親子揃って言っている。
加えてロッテ様の妊娠だ。領主は小躍りして喜び、イヴァンに思い残すことはないと言い切っている。
引退は以前から考えていたことなのだそうだ。ロッテ様と孫に囲まれるのが夢だったそうで、王都での生活基盤を着々と築いている、と聞いた。
久しぶりに学院に顔を出してみた。最終学年なので登校してもあまり意味がないのだが、何となく気晴らししたくなったのだ。同学年の出席者はまばらで、みんな就職活動や研修で忙しそう。
私は昔の知識を参考に、アドバイザーとしての仕事が決定している。なので人脈作りで下の子たちの授業に潜り込んで面白そうな人を探して一日過ごした。まだ学生でいることに嬉しさを感じ、鼻歌が自然とでてくる。
ふと、遠目にバクスター先生が見える。相変わらずキャーキャー言われてるようで、くすりと笑ってしまった。やはり学院はこうでなくちゃ。
「相変わらず見事な人気ですね、先生」
「アリスちゃんも相変わらず、と言いたいとこだけど、王都を出る前とはずいぶん雰囲気変わったね。何て言うか……落ち着いた感じ、大人っぽくなった? 僕の満足のいく結果がでたってことかな?」
「ふふふ、ご想像にお任せしておきますよ」
皮肉や冗談が大半の先生が素直に褒めてくれたのに満足した。学院を卒業すると話す機会もぐっと減るだろう、今後は家にお食事を兼ねてご招待することにしようかな。
二日後には魔力開放へ向かう護衛隊が組まれ、私は初めて『親花』としてのお仕事をすることが決まった。
夜中にエレンのヌイグルミがやってきて、一度北の地で魔力開放してみてくれ、とお願いされたのだ。
まだクロモント山で魔力を分けてから一年経っているわけでもないが、少しでも北に魔力を満たしておきたい、という龍の希望もあり、試運転のような感覚で開放をすることとなったのだ。
突然現れたヌイグルミに対し、あまりにびっくりし過ぎて、私の心臓が止まるかと思ったわ。だって、赤い目がぷかぷか浮いているんだよ、お化けちゃん以外に考えられないでしょ。
次からは明るいうちに来て欲しいと逆にお願いしてしまった。
王様から任命されたセレス様を隊長とし、護衛隊に守られながら、一週間程の道のりを移動する予定だ。王都が国全体のやや北寄りに位置するのが幸いして、魔力開放にちょうど良い土地の候補から最短距離でお願いしたら、一週間程の場所に設置してもらえることになったのだ。
出発当日、アルたち王宮のみんなが見送りに出てくれた。
「アリス、あまり叔父上に迷惑かけるなよ? お前ってば、トラブル引き寄せ体質だからな」
「失礼ねえっ、アルこそ、もう社交の場が連日控えてるんだから、気合い入れなさいよ? 女難の相がでてるわよ?」
「何だよ、女難の相って。俺はモテるからな、女が放って置かなくて大変だぜ」
強がりばっかりのアルに対し、アニー様は見送りの場には居ない。王妃様からの厳命に応え、見事に妊娠を獲得したようだ。来年は出産ラッシュかな?
楽しみがまた一つ増えたね。
温かい見送りをしてもらい、手を振りながら開放の地へと向かうこととなった。
道中、セレス様の馬に揺られながら満開の桜を思い浮かべ、くすくすと笑ってしまった。
「どうした?」
「いえ、こんなもうすぐ冬になりかけてるっていう時期に満開の桜が見られるなんてって思ったところです」
「普通はいつの時期に咲くものなのだ?」
「春の陽の光が体に暖かく感じる時期ですかね。それを思うと、つくづく私ってファンタジーの世界に生きてるんだなぁって」
「そうか、私はこれが当たり前の世界だと思っているので、不思議に思う君こそが不思議だな」
そんな他愛のない話しをいくつもして、ようやく開放の地に到着した。
目の前に大きな一本の木が生えている。
気づくとその側にエレンのヌイグルミがぷかぷか浮いていた。
『まだあなたの魔力が充分じゃないから、どうなるか見届けにきたわ。来年からは月日も満ちるだろうから心配ないと思うけど』
深呼吸して目を閉じ、木に抱きついて私の体から魔力を流し込んでいく。
木全体が淡く光り、葉が生い茂り、やがて桜の花が咲き始めた。花が空中に舞い、キラキラと溶けながら魔力が開放されていく。
「ほう、これが桜か。美しいものだな」
『完全な魔力開放だともっと量が増えると思う。今はこれくらいで北の子たちも満足してくれるでしょう。思ったより魔物が暴れないみたいね、安心したわ』
「それじゃ来年もよろしく」と言い残して、龍はヌイグルミの体のまま、空高く飛んでいってしまった。
みんなでそれを見送りつつも、私は改めて桜の木に魅入られていた。
日本にいた頃には当たり前に眺めていた桜を、再び観ることができたことへの感動に、涙が自然と溢れてくる。
セレス様の胸を借りて、気持ちが落ち着くまで静かに泣いた。
『親花』として護衛される私にとって、この地に足を運んだ皆に感動を与えることができるなら、その感動こそが最高のご褒美となるのだろう。
毎年誰かの心の片隅に桜の花を刻んでくれるなら、いつか、別の誰かに桜を見た時の感動を語り継いでくれるなら。
涙が流れなくなり、セレス様に笑いかけられるようになった頃には、花としての人生も悪くない、と思える気持ちに変わっていった。
明日が最終話になります。
午後8時で予約投稿しますので、ご覧いただければ嬉しいです。




