24話 親花になる
「ヴォルフ!」
ダメ! 殺さないで! 私はありったけ体を伸ばしてヴォルフに手を差し出した。
アルもセレス様も私を気遣い、迷いながらもヴォルフへの攻撃は止めてくれている。
荒い息のままヴォルフは私の隣にうずくまり、何かを訴えるような目を向けてくる。その間も、魔力暴走とのせめぎ合いが続いているようで、ブルブルと震えたり、時々苦しそうな唸り声を漏らしたりを繰り返す。
「ねえ、何が言いたいの? 聞こえないわ」
ハッと思った。セレス様とキスすれば聞こえたはず。なりふり構わず私からセレス様の唇を奪いにいった。よし、これで話せるわ。
『アリス……この体を使え。セレスティアルとアルフレッドの想いを心話で感じとった。このままではマズい、お前の代わりになる器が必要だと。それがなければお前が消えると』
「そんな、嫌よ。私の代わりにヴォルフが死んじゃうじゃない」
ヴォルフの鬣の中に顔を埋めながら泣き声で話す。セレス様は私の背中を宥めるように撫で続けてくれてる。
「私とアルフレッドの切羽詰まった心を汲んでくれたのですか? 魔力の負荷が体に重いでしょうに、申し訳ありません。私たちもどうすることもできずに苦しんでいるのです」
『アリス、お前を護るのは次代が請け負おう、我は隠居の身、何を惜しむ。我が娘のためにこの身を捨てることに何の躊躇いもない。むしろ永劫役立つのならば、これ程の幸せはない』
「アリス、ヴォルフ殿の言う通りにしなさい。有難い申し出だ」
「そ……んな……セレス様、ひどいっ。ヴォルフを失うなんてダメ。それだったら私が死んだ方がっ……」
パシッとした音と同時に私の頬に鋭い痛みが走った。叩かれた頬を押さえ、キッとセレス様を見ると、私よりも痛い思いをしたような顔をしてる。叩いた手をギュッと握りしめ、反対側の手でその手を覆うように隠す。
「君は……よくもそんなことが言えるのだな、残された者の……私の想いを……どうしてそんな簡単に……」
泣きそうな顔で声を震わせながらセレス様が私に向かって吐きだすように喋る。大きく深呼吸して感情の起伏を抑えようとしてるのか、私を抱き寄せ自分の表情を見せないように視界を塞いでしまった。
そして、叩いたことへの償いのように、また背中や頭をゆっくりと撫で始める。
「……叩いて悪かった。でもよく考えてくれ。ヴォルフ殿は既に役目を次代に渡し、朽ち果てるのみと言っていた。君はどうだ? 周囲の皆や私に未練は、想いは残していないのか? ヴォルフ殿の最後の望み、叶えてやろうとは思わないのか?」
言われてようやく冷静になれた。
ヴォルフの最後の望み……そう言って割り切るしかない辛さに身を引き裂かれそうになる。ヴォルフが私を生かすことで幸せに思うなら、私はその想いを受け止めて生きることが最良なのだと。
「セレス様、ヴォルフ、ありがとう。もう大丈夫、落ち着いたわ。龍にお願いしましょう。ヴォルフの体を礎に魔力を流し込んでもらう」
『わかったわ。その魔物、礎の上に立たせて。ただし魔力暴走させないように、ここで心臓を止める』
今この場で別れなければならない。でももう決めたこと。後戻りはしない。
私は膝を折り姿勢を正して、丁寧にお辞儀をした。
「今までありがとう。あなたが居なければ、ここまで私は生きてこれなかった。ヴォルフと歩んだ人生は素晴らしかったわ。あなたの想いは無駄にしないから、私はこれからも幸せであり続ける」
『我も楽しませてもらった。お前の幸せが我の幸せだ。セレスティアル、後は頼む』
セレス様が一つ頷き「承知しました」と返す。
そして龍から広がった気がヴォルフを包み、ドサッという音とともに、その呼吸が停止したようだった。それに伴って、周囲の魔力も暴れていたのが嘘のように静かになっていく。
私は溢れる涙で視界が歪み、その後の動きを見ていたくなくて、両手で目を覆った。
セレス様が動こうとするのを気配で感じたが、そのまま私を抱え続けてくれた。アルが代わりにヴォルフを動かしてくれているのだろう、ガサガサと物音が響き、しばらくした後に静かになった。
『さあ、魔力の核を動かすわ。今度は器がしっかりしてるから安定した魔力を確保できる』
再び私の全身が熱くなり、どんどん息苦しくなり、もうこれ以上は、と思ったら唐突に解放された。どこもかしこも怠く、全身から力が抜けでたよう。ぐったりとしている私に龍が話しかけてくる。
『あなたを包んでいた魔力がなくなったのだから、ある程度魔力を蓄えるまでは動けないかも。まあ、お世話してくれる人間がいるから平気でしょ。魔力放出して欲しい時期は後で知らせるわ。まずはこの状態が安定しないと』
そう言って龍はエレンのヌイグルミにスッと入り込んでいった。
『この容れ物気に入ったわ。魔力を少し入れるだけで移動できるし、ちょっと動かしたい時に便利ね。今度はこれで会いに行くから』
指先一つ動かすのもひと苦労な私と正反対に、上機嫌な様子の龍。あまりのギャップに引きつった笑顔を向けるしかなかった。
アルが側に来て、頭を軽く撫でてくれた。
「アル、ありがとう。ヴォルフを礎に据えてくれて」
「いい顔だったぞ、お前のことを思って命を差し出したのだから満足だろう」
泣き笑いのように頷き、目を閉じた。
私は親花としてあり続けるわ。
この身に受ける魔力はヴォルフからの想い、私から発する魔力はこの国の誰かを幸せにするためのもの。
この世界から飛び出した魔力が、私という存在を選んでくれたのは、ほんの偶然だったのかもしれない。
やる気のない傍観者みたいな、つまらない人生から解放してくれたこと。この世界でたくさんの嬉しいこと、楽しいこと、素敵な人たちと出逢えたこと。
その偶然と出逢いに心から感謝しよう。
そして前向きに歩いていくんだ。これから先、出会う誰かのために、私を待ってくれているたくさんの人たちのためにも。




