23話 私の役目
「あー、ひとついいですか? 先ほど叔父上が自我と魔力を分けることが出来ないか、と問うたのですが、それについてどうお考えですか?」
アルが地の龍に向かって質問をした。
『たぶん出来ると思うけど。やったことなんかないから上手くいくかどうかわからないわ』
「仮に分けることが出来れば、自我を残したアリスを親花と同じ扱いにできないでしょうか?」
どういう意味なのかしら? アルの考えが理解できず、首を傾げながら詳しい話しを聞いた。独りでは心許なくなったので、セレス様にピッタリくっついて彼の服の端をキュッと握りしめた。それに反応してくれたのか、軽く振り返って肩を抱き寄せて守るように包んでくれる。
「今現在、アリスの体には魔力が目一杯詰まってますから、この状態までは魔力を受け入れることができるってことですよね。ここの魔石から溢れ出た魔力をアリスに流してもらい、北の地に魔力放出することが出来れば、北に生息する魔物が取り込む魔力も安定するのではないか、と考えたのですが」
「アルフレッドの考えは龍殿にとっても悪い話しではないと思われますが。アリスが北で魔力放出する時期と媒体を調整していただければ、国の魔物も暴走することも少なくなるでしょうし、龍殿のお手を煩わすこともなくなるでしょう」
アルとセレス様が、龍に打開案を提案している。私は自分の不安を打ち消すように、胸の前で組んだ両手に少し力を込めた。
龍は私をじっと見つめると
『あなたの中では今現在、独自に魔力循環してるみたいね。ふうん、暴走しないように自己防衛したってことかな。結晶と同じ扱いにするってのはわかった。北の子たちに魔力を食べさせてくれるなら、それはそれで構わないわ』
私たち三人は提案を受け入れてもらえたことに安心して肩の力を抜いた。
『そうねぇ、北の魔力開放する場所だったとこは荒れちゃってるから、もう少し安定した地を選ぶわ。あそこは時間をかけて魔力で満たしてあげないと使えない。ただし広いとこはもうないから花畑は無理。木か岩なら媒体として設置できるわ。あなた、どんなモノを想像する? あなたの魔力を開放し易いモノでいいけど?』
そう言われて咄嗟に思いついたのが、満開の桜の木だった。この世界にはない花。もう久しくみていないが、元日本人として桜は心のオアシスに感じる。たぶん私だけの感傷かもしれないが、あの地にいた、という微かな思い出にもなる気がしたのだ。
「私の記憶にある『桜』を形取ってください。根元から栄養を送り込み花を咲かせる時に魔力開放する、というのが一番イメージし易いです」
『わかった、開放はそれでいきましょ。さあ、早速だけど、ここの石に魔力の核入れるわよ。魔力が途切れたらバランス崩して暴走しちゃう。失敗したらその時は自我ごと核になってもらうことにするわ、ごめんね』
そんな風にあっさりと言われ、思わず呆けてしまった。失敗したら私はこの世界から消え去ってしまうのだ。ごめんの一言で済ましてしまう龍の発言に、不安感が増してくる。
この龍にとって私の命など、取るに足らぬものなのだ、と改めて思い知る。
ここは私の運に賭けよう、私は悪運から逃れることができるはず。
お願い、マーサ、ヨハンおじさん。
今まで出会った全ての人、私の幸運を祈って。
意を決して一歩前に進みでた。
龍の気がゆらゆらと近づいてきて私を包み込む。小さくなった魔石と並ばされ、包まれている気が濃さを増す。だんだんと全身が熱くなってきた。じれったい時間だけが過ぎ、息苦しさを覚え始めた時、突然周りの気が萎んだように体から熱さが引く。
成功したの? 怖くてずっと閉じていた瞼を恐る恐る開けた。
『困ったわ……これじゃダメ。器が小さくなり過ぎたみたい。この石じゃ魔力の核を受け入れられないわ。さっきの話しは無しにして、あなたを器ごとここに据えることにする』
「えっ……何で? 嫌だよ、せっかく生きられるのにっ。私じゃない容れ物にして! 私、まだこの世界にいたいの!もっと生きたい!」
わがままと言われてもいい、私はもっといろんなことをしたいの。このまま消えるなんて……
崩れるように座り込み、悲鳴のような鳴き声をあげることしかできない。
セレス様もアルも焦った顔で地の龍を止めようと近づくのだが、見えない壁があるようで、私の側に来ることもままならない。
やがて泣くことにも疲れ、私は二人の顔を交互に見つめた。
もう終わりにしよう。ここまで楽しませてもらえたじゃない。こっちで二度目の人生歩んできて、つまらないことなんて一つとしてなかった。私は頑張ったの。みんなより早く休むだけ。そう考えれば、淋しいことなんて一つもない。
早めに眠って、夢の世界でまた逢えることを願うわ。
その場で立ち上がり、衣服の乱れをキチンと直す。
汚れてない? 涙は拭いた? さあ、二人に向かって笑いかけなきゃ。
私はにっこりと笑い、深々とお辞儀をした。様々な思い出が頭を駆け巡るが、みないい思い出だ。
顔を上げて、最後に手を振ってみた。見えない壁が声も遮断しているのか、二人の必死な顔しか見えなてこない。
ダメだよ、そんな辛そうな顔したら。私は人生全うしたんだから。笑って見送ってくれなくちゃ。
その時だった。龍が焦ったような声色を出している。何だか予定外の事態が起きたようだ。私を取り巻く気と見えない壁がフッと消えて、走り寄ってきたセレス様が私を抱き締めて安堵のため息をついた。
『あなたたちが連れて来た魔物がここまでやってきちゃったの。魔力が暴走しかかっているわ、あの魔物だけじゃない、周りの魔力も暴れちゃうの。アイツはダメ! 安全のために殺してしまいなさい!』
私たちが連れて来たってことは、ヴォルフとガウナってこと? ここまでだって制限されたあの場所でもキツいってガウナがボヤいていたんだもの、こんな危険な山頂まで何故やって来たりするの?
しかも魔力暴走するってわかっての強行に、私の理解が追い付かず、事の真偽を確かめなければ、と辺りをみまわした。
向こうからやって来たのはヴォルフのようだった。
ただ、強引にここに来たためなのか、その目が赤い色と普通の目の色とにクルクルと変わっている。たぶん魔力暴走を気力で抑え込んでいるのではないだろうか。
息も荒く、ヨダレを流しながらヨロヨロとこちらにやって来るのが遠目に見える。
何故? そんなに苦しいならこんな場所に来ることなんてないじゃない。ヴォルフの苦しさを自分にも感じて、私まで息苦しくなってくる。
アルがヴォルフの正面に立ち、剣を向けて対峙する。セレス様は私を庇って背中に回し、ヴォルフから私を隠すような体勢になる。
「嫌、やめて! ヴォルフに剣を向けないで! 殺さないでっ!」
『あたりの魔力が暴れかけてるっ! マズいわ、早く殺してっ!』
龍と私の声が重なるように発せられ、その声と同時にヴォルフが私に向かって飛びかかって来た。




