22話 魔力循環
ヴォルフのところへ急いで駆け寄った。
ここより山頂には魔物の同行が不可と言われたので、ヴォルフたちとはしっかり話しをしておきたいもの。ギュッと抱きしめて、鬣をもふもふしながら、ヴォルフの温もりを気の済むまで味わった。
『娘よ、慌てて走るとまた怪我をするぞ。相変わらず心配の種は尽きぬな』
「危ない時はいつでもヴォルフが助けてくれるもん、だから私は慌てても平気でしょ? 安心して走っていられるわ」
『姉ちゃんにも魔力あるんだろ? オレたち、この山の魔力に潰されそうなくらいにしんどいんだ。これ以上この魔力取り込んだらヤバいかも。姉ちゃんは感じないのか?』
「魔力ねぇ、学院では魔力なしだったはずなんだけど……私は何ともない。むしろ体が軽くなってるような気がするわ?」
不思議に思って近くにいたアルに聞いてみた。少し考えて「あんまり頭使わないから脳ミソの分だろ?」だって。まぁっ、失礼ねぇっ!
ぷうっと膨れてアルを軽く叩こうとしたら、その手を取られて「安心した、もう普段通りのアリスだな」ですって。
やっぱり心配してくれてたんだね、ありがとう。
これから向かう山頂には、私、セレス様、アルと影の一族から何人かが選ばれて向かうことになった。リアン様はエレンとヴォルフたちと一緒にここで待機してもらうことになる。
ヤンと他の影の人間は、ここで契約終了ということになった。私が山頂につくまでの安全を確保するというのが今回の仕事だったからだ。ここより上は同行者のみ残ればいいので、これ以上、留まることはないらしい。
「ヤン、今回のお仕事お疲れ様。またお願いすることがあったらよろしくね」
「おう、いつでも呼んでくれ。それまで技磨いとくぜ。ホントは俺が山頂行きてぇんだけどな、修行不足だとさ。アリスお嬢さんも怪我すんなよ? じゃあな」
手を振ったはずなのに、目の前のヤンがもういない。相変わらずの見事な消えように、関心しながら、今後の自分の身の振り方に頭を切り替えた。
「行ってきますっ!」
みんなに挨拶して、私たちは歩いて山頂へ向かうことになった。ゴツゴツした岩肌の足場では、馬での移動より徒歩の方が効率的ということらしい。まあ、徒歩でも半日かかるか、かからないかの距離らしいので、私の体力でも大丈夫だろうと言われた。
メンバーに選ばれた影の人たちは、今まで山頂に行ったことのある方を揃えてくれている。少し話す機会があったんだけど、あまりオススメする登山ではない、と口を揃えて言っていた。
山頂には、赤い魔石が四方に等間隔で置かれ、真ん中に更に赤い石が配置されているのだという。
周りを囲む四つの石のうちの一つが半分くらいに崩れていて、赤い光も他のに比べると小さいのだそうだ。
話しを聞いているうちに、その小さくなった赤い魔石に何らかのヒントが隠されているのかもしれないと感じていた。
例の声の主は、時間がない、と言っていたではないか。あれは、小さい魔石が力を失くしつつある、ということなのだろう。
魔石を修復することが私にできるのだろうか?
とにかく現場に行って、状況を把握して何らかの解決策を見いださなければ、私の未来はない。ただの容れ物で終わるか、新たな命をもらえることができるのか、焦る気持ちを抑えながら、まずは山頂を目指した。
息がだんだんあがってきて、一歩、また一歩と足を運ぶ速度が遅くなる。ゼイゼイとする息に、周りのみんなから心配されつつ、何とか山頂に辿りついた。
案内人の影たちとはここで別れた。ありがとう、ここからは私たちだけで頑張るわ。
さあ、ここからが正念場だ。
空気がざわり、と動く。あの声の主がやってくる合図だ。
広場の真ん中、魔石の上に、エレンのヌイグルミがぷかぷかと浮かんでいた。
『やっと来てくれたわね、この容れ物は魔力が安定するから、また借りてきたわ。やっぱり容れ物があるのとないのじゃ安定感が違うのね。しかも移動できるなんて面白い。しばらくこれでいようかしら?』
「それで、私に何をしろと?」
『んー、簡単なことよ。前にも言ったでしょ? あなたから『命』を取り出してこの小さな石の中にもう一度魔力をいれるの』
「それなのだが、魔力が自我を取り込んだ、と前に言ったな。自我と魔力を切り離すことは可能か? そして、なぜそこまで魔力が必要なのだ? 君は何者だ?」
セレス様が声の主に向かって矢継ぎ早に質問を投げかける。しょうがない、といった感じの声色で、一つひとつ丁寧に説明してくれた。
まずは自己紹介、といってヌイグルミの中からゆらゆらと何かが抜け出して、その場で半透明な形を造る。この国の魔力を調整する者で、人々には『地の龍』と呼ばれている者らしい。
ずいぶん前に、魔力の制御を失敗した時期があって、地の龍自身では手がつけられない状態までいった時、山にやってきた一人の男の人が助けてくれたんだそうだ。
それってクロモント山に登ったっていう記憶持ちの男の人だよね。
その人は魔力を分割して容れ物の中に収めなさいって言ったらしい。自分の両手と両足、残った胴体部分の五つを容れ物として提供し、それを配置して魔力を入れるようしたのだが、ひとつだけ魔力が注ぎ込まれずに、容れ物だけ残して何処かに飛んでいってしまったとのことだった。
「そんな……自分の体、バラバラにしちゃったの? 死んじゃったんですよね? 嫌じゃなかったのかしら?」
『自分は病気で長くないし、お別れもしたから私に協力してくれるってことにしたらしいわ。ただし条件つきでね』
「条件つき? どんなことを条件にしたんですか?」
『この国の人たちに、楽しい食事をさせてやりたいって。あの人の記憶をもとに魔力を練って、調味料っていうのを造ったの。すごく大変だったんだから』
「ちょっと待って。調味料は花畑から取れるはず。ここの魔力とどういう関係があるの?」
え? と呆れたような声が届く。私たちがこの国の魔力について何も知らなかったことに驚いているようだ。改めて龍から説明してもらうことにした。
国の魔力というものは、常に循環しているのだそうだ。
この山で地の龍が、男の両腕と両足を礎とした四つの石に分散させ、溢れ出た魔力を王都の神殿の泉に流し込んでいるらしい。
ちなみに胴体部分は龍自身の容れ物になってくれたので、安定した魔力管理ができているようだ。
精製された魔力の結晶は王都の地下で親花としての形をとっているそうだ。花畑で結晶、つまり親花に含まれる魔力を分散させて大気に戻すことで、また地の龍がその魔力を自身に取り込む。それを繰り返しながら魔力を調整しているのだと言う。
『三つの石は常に循環しているから安定しているけど、核のない石は常に魔力不足で放出することができないの。だから結晶にもならなければ、循環させることもできない。容れ物も不完全だから脆くて崩れやすくなってるから、どんどん欠けてきちゃって……とうとうここまで小さくなっちゃったわ』
なるほど、ここの部分に私を据えれば、四つの石の魔力循環が安定する訳か。
「仮に私の命をこの石に入れたとして、私から溢れた魔力は神殿で結晶化するの? もしも結晶化したとして、花畑ってどこにあるの?」
『結晶化はしない。この場所で私、つまり龍とあなたの命とで魔力循環させることにするわ。ホントはあの人のお願いだから結晶化して調味料造ってあげたかったんだけどね、放出するための場所が荒れちゃって使い物にならなくなってるから、四つ目の結晶と調味料は諦めてもらうわ』
私だけひとつ工程を省くってことだよね。
本当はどこに四つ目の花畑があったのだろうか? 気になって思わず聞いてしまった。
「それってどこにあったの?」
『北の山の麓よ。取り込むべき本来の魔力があまりない北の子たちは、大気中の少ない魔力をできるだけ多く取り込むために暴れやすくなってるの。まあ、その結果、取り込み過ぎて暴走するってパターンが増えてるみたいね』
何てことだろう。イヴァンやアドラーの魔物が凶暴なのって、元を正せば私が原因だったなんて。
「北の花畑がなくなってることはわかったわ。でも、北の大気中に魔力を放出してあげないと、やっぱり魔物は凶暴なままなんじゃないの」
『凶暴なのは私にとってはどうでもいいの。魔力を安定させて循環させることが大事だから。それに、うまく循環するようになったら、北の魔力もだいぶ満たされると思うから、少しは暴れなくなるんじゃない?』
もしも私が礎になるならば、北の魔物が暴れるようなことはしたくない。イヴァンを、アドラーを豊かにするためになら私が魔石になっても構わないよ?
そのためには、北で魔力を放出する作業が必要なんだけど……
あー、喉の奥に何かが引っかかってでてこない、そんな閉塞感が全身を包む。
何かいいアイディアがないかしら、何か……




