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21話 お別れ

 空中に浮いたヌイグルミが、ゆっくりとその右腕をあげた。

 途端に武器を持っている人たちが次々に取り落としていく。


「くっ……」セレス様もたまらず剣を取り落とし、片膝をついて、何らかの圧力に抵抗しているようだ。みんな苦しそうなのに、私だけ何も感じない。何故なんだろう?


『ごめんなさいね、せっかく安定した容れ物を見つけたのに壊されたら話しもできないから』

「私たちに危害を加えることはないの? 武器を放棄させるから、痛みを与えるのは止めて!」

『そうしたいのはやまやまなんだけど……まだこの容れ物に入ってすぐだから、力の調整が上手くできないの。少ししたら苦痛もなくなってくると思うわ』

「わかった。それであなたなのね? 何度か私の頭に直接喋りかけていた人は」


 ヌイグルミがつつっと私たちの方に近づいてくる。その赤い目から隠すようにセレス様が私を抱きこむ格好をとる。


『そう、それやったの私。『命』を今まで守ってくれてありがとう。今もらっていくから。あなた邪魔だわ、退いてくれない? 容れ物は置いていくから後で捨ててくれるかしら』


 セレス様に向かって邪魔だ、と言って腕を斜めに振ると、ドサッと倒されて身動きを制限されたようだ。私は風圧でグイグイ前に押し出され、ヌイグルミの真ん前まできてピタリと止まる。


「待て、アリスから『命』をとった後、彼女は、彼女の人格はどうなる?」

『人格って……そもそも『これ』に人格なんてないわよ? 外側はただの容れ物だからね。たまたま異界まで逃げ出した魔力の塊がヒトの中に入って意思を持ってしまったようだけど』


 へ? 私、他の人と違うってこと? 理解できないんだけど。


『こちらに呼び戻した時に適当な容れ物を見つけて、中へ入っていろいろと動き回ってたみたいなんだけどね。魔力の塊ごと抜いてしまえば、また元の空っぽの容れ物に戻るだけじゃない?』


 人生二回も経験してるのに、嬉しかったり、悲しかったり、それも全部見せかけの感情だったってこと?

 本当にピノキオだったんだ。本人は心があると思ってたのに、ただの操り人形ってオチ。

 もっとひどいのは、ピノキオは最後は人間にしてもらったけど、私は人形に戻るってこと。


「ははは、あんまりだわ、それって。私として存在していることが間違いだなんて」

『間違いっていうか、魔力が意思を持つこと自体があり得ないの。別の世界で入り込んだ容れ物に自我があったからなんだろうけど。その自我を取り込んだ魔力が成長したんだと思うわ』


 私の前からふわりと移動して、セレス様のところに一旦止まり、更にアルとエレンのところまで動いていく。


『そういえば、あの人は親しい人には『お別れ』をするって言ってたかしら。容れ物にも『お別れ』が必要? それをしながら私のところまできてくれるんだったら、少しくらいは時間の調整をしておくわ。ああ、魔物連れてるでしょ? ここより上にその子たちが来るのは無理だから。魔力制御の均衡が崩れて暴走しちゃうとみんなが迷惑するからね、それじゃ上で待ってる』


 ヌイグルミはくるくると回転しながら急速に力を失くし、その場にパタリと倒れ伏す。

 エレンが急いで「ねんねちゃん」と言いながら拾うと、赤い目も喋ることも、魔力のカケラもないただのヌイグルミに戻っていた。


 私は自分に向けられた真実が受け止められず、その場にズルズルとしゃがみ込んでしまった。

 セレス様が私を抱き上げ、アルに向かって「しばらくアリスと二人にさせてくれ」と許可をもらってる。アルを見ると、無言のままひとつ頷き、近くの隊員にテントを張るよう指示を出して、エレンと伴にヴォルフたちと合流するべく行ってしまった。


 テントが組み上がるのをボーッと眺めてると、その間にセレス様はリアン様と何らかの打ち合わせをしているようだった。頭が働かない今の状態では、二人がどんなやりとりをしてるのか、聞き取ることはできなかったけど。


 そうこうしているうちに、二人っきりで話せる環境が整った。

 あー、ダメだ、ダメだ。ボーッとしてるうちに時間だけ過ぎちゃう。いろんなこと喋りながら楽しいことだけ考えよう。

 なるべく湿っぽくならないように話しをしないとね、泣いちゃいそうだし。


「えっと、セレス様にはいろいろと面倒をみていただき、ありがとうございました。こっちに来てからいっぱい楽しいことが体験できてよかったです。それから、いろんな人のいろんな面を見れて、お付き合いして、話し合っ……」


 言葉は途中で遮られてしまった。ギュッと抱きしめられたかと思ったら、即座に唇を唇で塞がれて、もう何も言えなくなった。

 再び抱きしめられた時「まだ何か方法があるはずだ、絶対何かあるはずだから」と震える声で何度も呟いていた。

 それは私にいい含めるように呟きながら、セレス様自身に言い聞かせるように。


 宥めるように髪、おでこ、頬と順番に撫でてくれる仕草が、まるで壊れものを扱うように感じる。その手が動く度に、どれだけ大切にしてくれてるかが身に沁みてくる。


 そんなに気遣わないでよ、涙が出てきちゃうじゃない。ああ、もうダメ……「うっ、うぇっ、えぇ……」泣き声と涙が次から次へと溢れ出る。嫌だよ、私はここが好き。セレス様の側がいい、離れたくない。


「どうにかなるのかなぁ、こんな別れ方嫌だよ。私、セレス様ともっと一緒に居たいの。大好きだから」

「ふふ、ようやく聞けたな。こんなギリギリの状況でなければ、君は言葉を発しない」

「そ、それは……」


 顔どころか、全身が熱くなってくるほど恥ずかしい。セレス様は、と見てみると満足気な笑顔を浮かべてる。


「セレス様だって言ってくれてないですよ? 私聞いてないもん」

「私は何度も伝えているぞ? ただし、君の意識が飛んでいるか、朦朧としている時が多いだけだ」

「……何かそれって、ズルくないですか?」


 あっさりと言い切るあたり、私が負けたような気分になるのは気のせいかしら?

 口先を尖らせて不満を顔にだすと「この口は止めなさい」とつままれる。普段と変わらないやり取りに安心感を覚えて、お互いにくすり、と軽く笑い合う。

 

 側から見るとアホらしい、と言われそうなやり取りとじゃれ合いで、しばらく時間を過ごし、やっと本来の自分を取り戻してきたような気になってきた。


 そうだね、普段通りでいいんだ。これが最後かもしれない、最後じゃないかもしれない。

 普通に笑顔でいれば、いつ、その時がやってきても、この人生は楽しかったって言えるはず。


 一度両手を広げて、握って、開いて。今この動作は私自身の意思で動かしている。たとえ容れ物と言われたとしても、この感覚は自分自身のものだと信じてる。


 私に哀しい顔は似合わない、前を向いて、そして最後まで希望は捨てない。


 最初の森でヴォルフと決めた、自分は最後まで足掻く。


 これが私の原動力だから。




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