19話 王妃の厳命
女の子の寝てる部屋に戻ってみたら、ベッドの上にいなかった。慌てて周りを捜したら、隅の方に小さくなって震えていた。
ああ、ごめんなさいね。目が覚める前に付いてあげなければならなかったのに。
両手を広げて招き入れようとするが、頑なに拒否されて、なかなかその場を離れようとしない。しょうがないので私も対面に座りこみ、彼女を説得する方法を考えた。
何かないかしら? 簡単な一人遊びがいいんだけどな。自転車とかないし縄跳びか? この格好じゃ厳しいし、乗馬服とか軽い服あったっけ?
ガサゴソと衣装の箱を漁って目当ての服は見つけたけど、外行かないとムリだわ。
縄跳びはまた次の機会だな。
他は……あ、あやとりなんかいけそう!
適当な紐を取り出して、彼女の目の前で一人あやとりを始めた。最初はチラチラみてたのが、三回も繰り返すと身を乗り出して眺めにきた。よし、掴みはオッケーよ!
そのまま肩を並べてベッドに腰掛けて、ゆっくり一連の動作をみせてから、その紐を渡した。
興味深そうに紐を手にとり、見よう見まねで私を真似し始めた。彼女の両手を掴み、いろいろな形を作ってあげていたら、ようやくちょっと笑えるようになってきたみたい。
「私はアリス。あなたのお名前は?」
「……エレン」
「そう、エレンね。これからしばらく一緒にいようね? もう恐くないから」
私はエレンをギュッと抱きしめて頭をゆっくりと撫でてあげた。途端に、堰が切れたように激しく泣き始める。
それから黙って、一生懸命我慢していただろう涙を、嗚咽とともに泣き疲れて眠るまで吐き出させてあげた。これでこの子の精神はだいぶ安定すると思う。今度こそ、目覚めた時には手を握ってあげるからね?
エレンの住んでいた村の事後処理も終わり、再び山へ向けての移動が始まった。
ずっと手を繋いであげよう、と心に決めた通り、眠る時も移動の時もできるだけ一緒にいてあげたの。
なのに……なのに、エレンってば、私よりもリアン様に懐いちゃってるのーっ!
ちょっと舌ったらずな喋り方をするので、私の手をに握りながら「アリしゅ、遊びたいでし」とか言われて悶えてたのにいっ。
いつの間にか、リアン様に肩車とかしてもらってキャッキャと笑ってるし、「リアンしゃま、抱っこしてくだしゃい」とか聞こえてくると敗北感がハンパない……
ガックリと項垂れていると、隣にアルがやってきて「リアンの魅力の方がお前の母性より上だったってことだよ」と肩を叩きながら声をかけてくれた。
「アル……慰めてるつもりならやめて。言葉が胸をえぐるわ」
「何言ってるんだよ、お前の胸がどんなに小さかろうが、殴りかかってこようが、女性だってのは知ってるからさ、元気だせって」
さらにえぐってくるアルに、ヒクッとしながら顔をあげると、口がワナワナ震えて噴き出す直前のような表情になってる。
「もうっ、ワザとでしょっ」
「あはは、ごめんごめん。最近のお前、弄りがいあり過ぎて」
くくく、と笑われながらそう言われると返す言葉もない。もう好きにして。
ちょうどその時、向こうからエレンが駆けてくるのが見えた。
「アリしゅ、エレンは今日リアンしゃまと一緒に寝まつ」
がーん……とうとう添い寝の権利も奪われてしまった。ショックを受けていると、アルが追い打ちをかけてくる。
「リアンも大変だよな、母上の無茶振り対応には、毎回根回しに時間がかかるってのに」
「どういうこと?」
「叔父上とお前をさっさとくっ付けて、子作りさせろってさ」
「ここ、こ、子作り!」
「アニー様もせっつかれてるらしいぞ? 母上は、とにかく赤ん坊が欲しいんだよ。子育ては自分を若返らせるんだとさ。エレンなんか、下手したら養女に欲しいとか言い始めるぞ? この子聡いからな」
「ひぃーっ、王妃様の野望、恐るべし」
「ということで、今晩から頑張れよ、叔父上は任務が完遂するまでなかなか動こうとしないからな、お前がモーションかけてやれ」
えー、無理無理ムリムリ。
高速で首を振り続けるも「母上からの厳命だ」と黒い微笑みのトッピングつきで言われちゃった。
代わってエレンが私に抱きつきながら
「エレンがいい子にしれば、アリしゅが赤ちゃんを抱っこさしてくれりゅでしゅって」
「誰がそんなことを?」
「リアンしゃまでし! お山降りて少しいたらお腹から出してくれるって!」
キラキラした笑顔が眩しすぎる……
アルは息ができないくらいに笑いを堪えてるし、エレンの前で怒鳴るワケにもいかず。
「アリしゅは魔法使いでしね。早くみたい!」という、とどめの一撃を喰らわせたエレンとアルが退場、ただ呆然と見送るしかなかった。
あー……これから毎日の夜が恐いでしゅ……
煩悩の塊と化したまま、今日の移動行程が終了、クロモント山の入り口に到着した。
今日はここでお泊まりして、明日からは山登りになる。……お泊まり、そう、お泊まりなのよっ! どうする私!
かつてない緊張感を全身にみなぎらせ、セレス様の滞在するテントへと出向いた。
もー、頭の中がパニックになり過ぎて、何食べたのか、途中誰と何を話したのかさえよくわからない。
とりあえず中に招き入れてもらったので、一歩足を踏み出した。と、セレス様の顔みた瞬間、ドキドキがマックスになる。そうしてるうちにだんだんと気持ち悪くなってきて、うずくまった途端「お、おえー……」
「全く君は。人の顔を見るなり吐き出すとは、失礼にも程があるぞ? 体調が悪いなら休んでから来るなり、伝言を頼むなり、いくらでも方法があろう」
「これにはですねぇ、海より深い訳がありまして……」
今、セレス様に絶賛介抱され中です。
吐き気をもよおした私を慌ててソファに運んでくれたので距離的に近づいたのはいいとして、さて、ここからが問題だな。
気持ち悪さから解放されたのはいいけれど、気力も体力も残っておらず、こちらからモーションかけるなんてハードルの高いこと、私ができるわけがない。気だるさだけが残って次の行動に移るのは、ほぼムリな状態。
しょうがないんで、正直に打ち明けましたよ。アルに言われたことからエレンの期待の目の話しまで、すべて。
話しを聞き終わったセレス様は呆れ顔のまま小さく笑い、水差しから一杯お水を汲んでくれた。
「ワインだと一気に飲まれそうだからな、とりあえずひと息つきなさい」
受け取った水を半分飲んで、ぷはっとすると、思いっきり笑われてしまった。だってひと息つけって言ったのそっちじゃないの、とブツブツ不満を呟くと、唇に当たってたのが、コップからセレス様の唇に変わってた。
びっくりしてバタバタしてると、魔王スマイルから衝撃発言が飛び出した。
「王妃に逆らえる者はいないのだよ、私もユーリ様には育ててもらったご恩がある。母上のいない私にとっては義姉上というより、むしろ母上に近い存在だ」
「あ、そうなのね。だからアルもセレス様には兄弟みたく懐いているわけですか」
「そうだな、立場を理解するまでは、ほぼ兄弟同然のように育った。だから育てていただいた方の厳命とあらば従うまでだろう」
「そ、そこは任務遂行中ってことで……」
「ふむ、これも任務の一環に含まれている、何せ『厳命』なのでな」
えーっ? そうなの? 本当にそうなの?
戸惑いながらも、どんどん深くなるキスに、すでに私は陥落寸前。頭がボーッとする中でニコニコしながらセレス様が教えてくれた。
「まあ、大義があった方が君も受け入れやすいだろう? 断る方法はいくらでもあるが、皆のお膳立ての努力も汲んでおこうかと。せっかくなので美味しくいただくとするか」
ん? 断れたんかーいっ! だったら今日じゃなくてもいいじゃないっ。私は恋愛初心者だって知ってるでしょうにっ! まずはお友達からってところからやりたいです、はい。
頼みます、迫って来ないで。喰われる、ホント喰われちゃうから。
ねえっ! 誰かーーっ!
この後のアリスについては皆さんのご想像にお任せで。次話以降、また少しお時間いただきます。




