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18話 生き残りの女の子

 ずいぶんと景色が変わってきた。山が目の前に近づくに連れて、岩肌が目立つような景観になってきてる。

 入り口部分に到着するには、まだ何日もかかると聞いているので、それだけでもこれから登る山の大きさに驚いてしまう。


 次にお邪魔する村が入り口に一番近い村なんだそうだ。ここを過ぎたらあとは野宿になるのよね。またまた忌まわしのテント生活になるワケじゃん? 別にもう誰と一緒に寝ても平気になったわよ、私って順応性が高いからね。

 つ、強がりだけどね! あ、みんなでザコ寝を提案しようっと。

 打開案を見つけたらずいぶんと気楽になった。さあ、これでいろいろなことに集中できるわ。


 ん? 何かあったのかしら? 前の方がバタバタしている感じ。


「何かあったんでしょうか? 私がお手伝いできるようなことありますかねぇ」

「君は山頂に着くまで、極力面倒は避けなければならない身だ。大人しくしてなさい」


 そんなやり取りをしてる時、アル自らが私たちのところまで来て馬を寄せてきた。


「どうしましょう、叔父上。この先の村が既に襲われていたらしいのです。現在、生き延びている者がいないか確認しておりますが、期待はできないかと。さらに、野営するにも、充分な広さを確保できる場所が見当たりません」

「村に滞在はできんな、亡くなった方々には手厚く対応するように。野営地は狭くても良いが、夜勤の者を増やして、襲撃に対応できるように交代制勤務にする。進みは遅くなっても充分な休憩と睡眠をとりながら行く。最終的にはヴォルフ殿とガウナ殿に頼ろう」


 ざっくり指示をだして隊の動きを調整している。まだアルはデビュー間もないから、隊長の割に突発的対応に不馴れなんだよね。これからの成長に期待して今はセレス様を見習おう。


 そんなやり取りを眺めていたら、村を調査していた騎士の一人が小さな女の子を連れてやってきた。真っ黒になったヌイグルミかな、を抱きしめて哀しみと怒りが合わさった何とも切ない表情をしている。

 話しを聞くと、村の生き残りはこの子だけのようだったと。ざっとみた感じ四歳か五歳くらい。たぶん幼稚園児とかの歳なんだと思う。こんな小さな時に一人ぼっちだなんて……


 彼女をみた瞬間、この子はいつかの私のようだ、と感じた。

 以前私の村が襲撃を受けた時はルークが付いていてくれたし、襲撃を目の当たりにした訳でもない。

 もしかしたら、私の方がまだ恵まれていたのかもしれない。この子は気丈にも一人で襲撃中も耐えていたのかと想像すると自然に涙が流れてくる。


 セレス様に女の子の面倒を見させてくれないか、とお願いしてみた。少し迷っているようだったが、やがて諦めたような表情で許可をしてくれた。

 この子の精神が落ち着くまで、という条件で、しばらく任せてもらえることになったので、二人きりになれるところに案内した。


「お風呂は無理だけど、体拭くくらいならできるからね?」


 言いながら、ヌイグルミを預かろうとしたら、物凄い顔で睨まれた。ああ、そうか、これがこの子の精神安定剤なんだ。


「ごめんね、でもこのヌイグルミも綺麗にしてあげないと可哀想だよ? 一緒に洗ってあげようね?」


 たっぷりと時間をかけて綺麗にしてあげよう。常に話しかけてニコニコ笑って。

 これは私が初めて村に来た時に、マーサがやってくれたこと。今度は私がこの子にしてあげる番だわ。体を綺麗にしたら、手を繋いで頭を撫でて。

 

 これをしてもらって、ようやく自分が生きているってことを実感したもの。今はたぶんこの子の心が凍ってしまっているはず。

 少しずつ心の氷を溶かしてあげよう。それが私にできることならば。


 やっと深い眠りに就いてくれた。途中、うとうとしてはビクッと目を覚まし、震えて暴れだそうとするところを何度も宥めた。これを繰り返すことで、ここは安全なんだ、と教えてあげた。そうすることによってだんだんと彼女の震えも収まってきたようだった。

 次に目覚めた時にも絶対に側にいてあげるからね、それまでゆっくりお休みなさい。


 ひと息ついてから、セレス様に彼女の今後の処遇を尋ねに行った。それについては、リアン様とちょうど話していたところらしく、私の意見も参考にしてもらった。


 先日泊まった集落まで戻り、生活保護を受けながら彼女が独り立ちできるように手配するというのが、従来の対応なのだそうだ。私も記憶持ちでなければ、近くの村に連れて行かれて終わりだったと聞いている。

 でも何だか釈然としない。やっぱりあの子は一人にしゃダメなのよ。


「お願いです。私が面倒みるので、彼女も一緒に行ってはいけませんか?」

「ダメだ、護衛対象を増やしてどうする。ただでさえ想定外のことが起きているのだ」


 あっさりと一蹴されて涙が滲んできた。どうにかならないか、とリアン様に縋るように目を向けると、困ったような表情をしながらセレス様に進言してくれた。


「今何人かの騎士を分断させて、その子を保護しても、その先無事かどうか保障できません。魔物の脅威が収束するまでは同行しつつ保護しておいた方が得策かと」

「……リアン、お前」

「私は女性の味方ですから」


 しれっとした顔でセレス様にそう言うと、私に向かってニッコリ笑顔だ。ありがとう、『肝心な時に役に立たない副官』なんておもっちゃって。今日からリアン様を見る目を直すわ。

 ご機嫌で女の子の寝ているお部屋へ戻ろうとしたところを軽く呼び止められる。何事かと振り返ると、


「ああ、アリス、彼女を同行させるとなると、今晩から何日かはセレス様と一緒のベッドは無理かもしれません。できるだけ調整しますからね」


 は? 言葉の意味がよくわかりませんが?

 爽やかな笑顔で悪魔の言葉が口からでてくるってどういうこと?

 せっかくリアン様を見直そうと思った今の自分を呪いたいわ。

 コイツは『肝心な時に役に立たない副官』じゃなくて『無駄なことには全力を尽くす副官』だ。後から首絞めてやるーっ!


 ちょうどガウナだけが部屋にちょこちょこと入ってきた。私はニヤリとしてリアン様を見あげ、何かイタズラできないか、と考えた。お尻に齧り付かせるか、はたまた顔をバリバリさせるか……私の中の黒いモヤモヤが悪い笑顔とともに頭の中を駆け巡る……


「君の考えてることなど手に取るようにわかるから、イタズラはやめておきなさい。リアンから返り討ちにされるぞ?」


 私の考えを先読みしたセレス様がしっかりと釘を刺してきて、考えは不完全燃焼に終わってしまった。あぁ残念。


「それよりも」と手招きされて、近くに呼び戻された。懐から取り出したナイフで自分の指先を傷つけると、ぷっくりと血の山を作ってる。うへぇ、血、嫌い。渋い顔をしてたら、その指を差し出されて「舐めてみなさい」だとさ。


 ぎゃあ、絶対イヤだーっ! 何の拷問だ、これ。

 私は高速で首を横に振り、激しく抵抗してるのだが、どんどん顔に迫ってくる。仰け反る私、身を乗り出すセレス様、私がひっくり返るのと同時に口の中に指を突っ込まれてしまった。

 独特の鉄さびのような味がして、もの凄くマズい顔をしていたら


『おーいセレスティアル、その格好じゃあ、お前が姉ちゃん襲ってるようにしか見えないぞ? 最近大胆だよな、お前たち』

「こ、れはですね、ヴォルフ殿から血液で試せと……」

「そーよ、大胆って何よっ。私はイヤだって言ってるのに無理やりされただけなんだからっ」

「……アリス、その発言は入り口のリアンにまた誤解を与えている」


 ハッとして入り口付近を見ると、黒い笑顔のヤツがいた。手を軽くあげながら去っていくリアン様の背中には勝利のオーラしかみえなかった。


 あー……またネタにされる。

 諦めのため息をついてからセレス様に振り向き「で、何の実験ですか?」と問い合わせれば、心話ができる条件を探っていたそうで。


 そんなら、先もって言ってくれれば少しは我慢したのに。恨みがましい目で睨むと、申し訳なさそうに頭をひと撫でされてしまった。

 こらこら、そんなんで誤魔化されないからねっ。

 と思うだけ思ったんだけど、たったそれだけで何となくご機嫌になっちゃう私もどうよ、って思う今日このごろ。

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