17話 心話の発動条件
「君は何を浮かれているのだ? 護衛対象なのだからしっかり守られてなさい」
「まあまあ、アルフレッド様がアリスに対して、イタズラを仕掛けた気持ちもわからないでもないですよ? くくくっ」
ピンクな気分からは程遠いセレス様と笑いを堪えるリアン様。鳩尾に一発喰らったアルはしばらくベッドで唸っていると聞いた。そんなん知らんわっ! 私はブスッ としたまま頬杖をついてそっぽを向いているところ。
「リアン、何がおかしい?」
「セレス様、ホントにアリスに手を出さなかったんですか? 勿体ない、せっかくアルフレッド様がお膳立てして下さったのに」
「なっ、何を言うのだっ。護衛の任務中だろう! ……それに加えてヴォルフ殿の目もあるのだ、無体なことはできない」
慌てて取り繕うようにリアン様に説明してるし。最後は何とも言えない恨み言のようにも聞こえる。居たたまれなくなって私は「それら話しは終わりにしてください」と言ってその場を後にした。
何かもう嫌んなってきた……
昔の私だったら自分を客観視できたはずだし、もう少し冷静になれてるはずなんだ。
あまりに自分が情けないよ……こんなに自分の感情に振り回されるなんて。
自己嫌悪に浸ってたら、セレス様が側にやってきた。気付いて振り向くと、向こうも少し照れているような、気恥ずかしいような顔をしてる。
二人で肩を並べて座り、しばらく無言が続く。やがてセレス様の方が口を開いた。
「ヴォルフ殿からなぜかお叱りを受けた。手を出さなかった私の方が悪いらしい。娘が気に入らんか、と」
セレス様は理不尽な責められ方だ、とちょっと不満気。私と言えば、何とも言えない表情を浮かべてしまう。
お互いに見つめ合っていると、自然に笑いが込み上げてきて、くすり、と笑ってしまう。
「ヴォルフ殿の発言から察するに、ある程度は許容していただけるということだな」
自分自身に言い聞かせるように呟くと、おもむろに私の腕をグイッと引き寄せてその唇を重ねてきた。
「っ!」声にならないさけび声をあげ、目が飛び出さんばかりに見開いたまま固まった。今、この瞬間の私はセレス様のなすがままにされてしまってる。慌てて押しのけようとしても、そこは男と女の差があり、ビクとも動かない。
以前は向こうが無意識だった分、一回ムチュっとされて終わりだったんだけど、今回は意識があるせいか何か違う。そう、喰われてるんです、私。読んで字の如く、喰われてる、もしくは貪られてる、というべきでしょうかね。
「んんっ、んんんっ、ぷはっ」
真っ赤になってるのは息ができなかったからなのか、恥ずかしかったからなのか。
ゼイゼイ言いながら、ぎっと睨むと「鼻で呼吸しなさい」と言われてまた喰われ。
憐れなアリスちゃんは、頭の芯から栓が抜けたようにフニャフニャになってしまいましたとさ。ぷしゅ〜……
「そろそろ移動の時間になるな、合流するぞ」
すっくと立ち上がるセレス様に引っ張られるがマトモに立てる自信がない。案の定、ズルズルと腰砕けのようになっていると「時間がないのだから」と言ってその場で抱き上げられる。抱っこされたままの移動になっちゃうのだけど、もうどうにでもしてくださいって感じ。たまらず私はちょっと恨みがましく呟いてみた。
「セレス様、恋愛初心者にはハードル高過ぎです。もう少し初歩的なとこからお願いします」
クスクスと笑いながら「今度からそうしよう」と軽めに返された。
思ってないだろ、絶対に思ってないだろっ!
みんなに合流すると、今度こそ居たたまれない状況だわ。ほとんどの人が笑ってるし。ニヤニヤ顔は内情を知ってるアルとリアン様、微笑みか生暖かい笑みなのか微妙なのがその他のみなさん、なぜかここの集落のみなさんまでが微笑みなんだけど……もう好きにしてくれや、私ゃ知らん。
ヴォルフとガウナが寄ってきて、セレス様に向かって喋りかけたようだ。
『ずいぶんとうちの娘を堪能したようだな、まあ、可愛いがるのもほどほどにしておけ』
『セレスティアルよぉ、姉ちゃんウブだから手加減しろよなっ』
はれれ? どっかぶっ飛んじゃったからかなぁ、いつもは聞こえない声が聞こえる。
「セレス様ぁ? ヴォルフとガウナの声がまた聞こえてるんですけど。私の頭がクラクラしてるからかしら?」
「何? どのように聞こえる?」
「んとですね、ヴォルフは可愛いがるのもほどほどにって、ガウナは私がウブだから手加減しろ……だぁ? 誰がウブじゃいっ! 姉ちゃんナメんなよっ!」
ガウナに向かってガウッと吠えるように喋ると、イタズラが見つかった悪ガキのように逃げていく。一方のセレス様とヴォルフは私らそっちのけで真剣に話し合っている。いい加減降ろしてくれればいいのに、さり気なく準備された椅子にちゃっかり座ったまま、抱っこ態勢は変わらない。
『ほう、ちゃんと聞こえてるのか、セレスティアル、何が発動条件だと思う?』
「そうですね、前回と併せて考えると、唇の接触が一番可能性が高いですね。ただ接触して発動するのか、もっと……あー……」
喋るのをためらっているセレス様。何を? と気になってジッと顔をみてしまう。私をチラ見して、なるべく視線を合わせないように顔を背けながら口を開いたり閉じたり。
やがて観念したように、前髪を片手でクシャリとしながら頭を抱える様子に、垣間見えた色気を感じてドキリとする。ヤバい、私の顔、赤くなってくるぅ。至近距離でのこの仕草は危険だってば。
『ん? アリス、今、発情してどうする。もう少し時間と場所を考えなさい』
「なっ! 発情なんかしてませんって!」
ヴォルフに言われて全力否定の声を出したら、周りに丸聞こえだったらしく、少し離れたところで待機していたアルとリアン様の耳にも届いてしまったらしい。二人揃って背中を向けて肩を震わせてるのがバッチリ見える。あれは絶対に笑いを堪えてるのよね。
くぅっ、覚えてらっしゃい。この恥ずかしさの代償は払ってもらうからねっ。
「唾液、と言いますか、体液をアリスが取り入れると発動するのではないでしょうかね」
『ふむ、そうなのか? ならば一度効果が切れたら、お前の血液で試してもらって良いか?』
「承知しました」
ヴォルフがガウナの側に駆けていくと、セレス様は、あからさまにホッとひと息ついて、少しだけ姿勢を崩した。
「もっと責められるかと思っていたが、君が側に居てくれて助かった。ヴォルフ殿に射竦められずに済んだよ」
あら、お役に立てたのかしら? それではお役ご免、てことでそろそろ降りようかな、と思って口を開いた瞬間、出発の準備が整ったとの連絡を受けて、そのまま馬への移動になってしまった。
馬に乗る時にすら、私の体はバトンリレーのように人から人へと手渡されてセレス様の前にちょこんと座るようにセットされる。地面に足をつけるヒマがないのだ。
結局集落を後にするまで、至れり尽くせりの状態が続き『お姫様扱い』という名の、精神的拷問をしばらく受けざるを得なくなった。
集落の人たちの生暖かい目に見送られ、クロモント山に続く道を進む。
周りのみなさんが私の状況に対して関心を示さなくなった頃、ようやく睡魔がやってきた。それを機に、昨夜から続いた一連の出来事から逃避させてもらった。
十年分を一気に生きたような精神疲労を体感して、先日お邪魔したクロランダ領主のお疲れをねぎらいたい気分になった。
あの老け込みようは今なら理解る気がするわ。




