16話 眠れぬ夜
クロモント山行きの準備も整い、クロランダの館を出る日になった。
見送りにでたクローゼとフランツさんは、意気揚々といった、怖いものなんか全くないわってな感じで私たちの前にいる。クローゼなんかフランツさんの腕に絡みつくように手を添えて、満面の笑みを湛えてる。
フランツさんも取り繕ってはいるけど、嬉しさが滲み出てるし。まあ、二人の世界に入り込む方がバカみる感じかな。
クロランダ領主は疲れ切った様子で、奥様に支えられているようだ。
奥様の方が完全に割り切った感じで、周りの使用人たちに指示をバンバン出している。ちょっとした女領主っぽいわ。腹をくくれば女性の方が効率よく立ち回れるのかしらね、ふふふ。
「アリス、お気をつけて。皆さまもお怪我のないように」
「ありがとう、クローゼも体調には充分注意してね。エイキムでのお仕事が落ち着いたら遊びにいくわ」
「あら、なら少しでも早く会えるように頑張るわ、ふふっ」
お別れの挨拶だったが全然湿っぽくならなかった。楽しみを後でとっておくような約束を残す別れの言葉は心が温かくなるもの。さあ、私たちは一路、クロモント山に向けて出発だ!
初日は順調な部類だったらしい。影のみなさんと先発隊が魔物を蹴散らしてくれてるらしく、それ程進行が遅れることなく過ぎた。
今日の宿泊先は小さな村、というより集落になってるところみたい。普段は護衛隊などの大きな部隊が通る道でもないため、私たちの来訪にてんやわんやしてるっぽい。
アルが村長さんに歓待しなくていいと告げると、みるからにホッとした表情を浮かべてお礼を返してもらってる様子が窺えた。
部隊をもてなすのって、かなりお金かかるからね、前もって準備しなきゃ歓待なんてできるわけないもの。私のいた村だってそうだった。毎年キチンと領主と村で協力して予算組むんだよ、いきなり来たら無理って当たり前だよね。
寝る場所も野営テント張ってお休みするの。お昼休憩の時と違ってしっかりしたテントだからキャンプみたい。一度テントで寝てみたかったんだ。今晩が楽しみだわ。
キャンプファイヤー的なのは、この間体験したから、テントで寝ながら夜通しお話しするの。怖い話しなんかいいよね、キャンプっぽいから。
「ねえ、アル〜、お願いあるんだけどいい?」
「何だ?」
「今晩一緒に寝よ?」
「なっ、ばっ……おまっ」
アルが慌てて私の口を塞いだ。かなり焦ったように周りを見回してから、深いため息をついた。私は私で一気に鼻まで塞がれてジタバタしてるもんだから、拘束が外れた途端にゼエゼエいいなが文句を言った。
「何すんのよっ、窒息して死ぬじゃないの!」
「お前より先に俺が殺されるわ、叔父上に」
「あらら、ごめん」
「勘弁してくれよ、全く……」
だって一人じゃ寂しいじゃない、お話しとかもできないし、それこそお化けちゃんとかと遭遇したらお手洗いにも行けないし……不貞腐れながらブツブツ言ってると「わかった、何とかするよ」と言ってくれた。さすがアル、頼りになるわぁ。
素直に喜んでいたもんで、背中を向けてたアルのニヤリとする顔を見落としてたのは不覚だったわ。
……おかしい。絶対何かが違ってる。
寝る時間になったので、テントに入ったとこまでは通常運転。なのに何でここにセレス様がいるんでしょうか?
しかもなぜかセレス様、真顔で普通にテントに入ってくるし。
ヤバくない? 可愛いアリスちゃんの貞操の危機ですってば!
「なな、な、んで、セ、セレス様、こ、ここに?」
「ん? 君の気配が薄くなってるので、常時確認するためには近くにいないとわからないのだが? 君は先に寝なさい、手を握っておこう。私が側にいるので異変があればすぐわかる」
「……」
アルのバカーーっ!
何て爆弾投下してくるのよっ! 一人じゃ寂しいって言ったけど、拷問台に登りたいワケじゃないから!
うっわ、マジヤバい。色んなとこから変な汗が出まくってるし。とりあえず何か話しでもして取り繕ってみようか。
ワインでも飲んで……はっ、そうだ! 酔い潰してしまえばいいかっ。もしくは私が酔い潰れて寝たら朝になってるかも?
あぁ、この間の失敗でワイン止められてるんだった……くぅぅ、こんなことになるなら、前にガブ飲みしなきゃよかった。
って後の祭りだし。とりあえず今晩、今、この危機をどうやり過ごすかだわっ!
もう、夜って何でこんなに長いのよっ。
私は自分以外のありとあらゆるものを呪いたくなってきた。
「君はいつも百面相してるのだな、見ていて飽きないぞ?」
クスクス笑いながら近づいてくるセレス様、今はもう魔王にしか見えない……
もう観念するしかないのかっ、私!
棒立ちでガチガチになってる私を抱き上げて簡易ベッドまで運び、そのまま寝かしつけの体勢に持っていかれてるーーっ。
ギュッと目を閉じて、心臓が口から飛び出さないようにドキドキを我慢する。
「あ、あのっ」
「何かな?」
「灯りは消していただければ嬉しいのですが」
「ああ、そうだな、眩しすぎは上手く寝付けないか」
フッと灯りが消され夜目に慣れないままに時間だけが過ぎる……
少し時間が経って目が慣れてきた。と、セレス様は手だけ? ん? 体はベッドの下にいた……
げっ、いきなり変則的な体勢とかは無理なんですけど。元日本人な耳年増ですから、いろんな知識や妄想が大暴走している。
「あ、あのっ」
「今度は何だ?」
ちょっとイラっとした感じに聞かれたのだが、そんな些細なことに反応する余裕もない。
「と、隣に寝ていただければ体もお辛くないかと思われます」
「ふむ、そう言ってくれると助かる」
完璧な棒読みで話しかければ、緊張の『き』の字もない声が返ってくる。
こ、これでノーマルな体勢だな、お互いに。
キシッと小さな音がしてセレス様が隣に来たのが感じられた。
……あーー、やっぱ無理〜。隣の方がドキドキするし〜。
よし、私も女だっ! 腹くくって大人の階段登ってやるっ!
意を決して、ガチガチのままだけど呼吸を整えていく。少しずつ、少しずつ。うん、だいぶ落ち着いてきた。ホッと肩の力を抜いて、セレス様の方に意識を向けた。
……軽く寝息立てて仮眠中ですか……
はぁ、そうですか、私ってその程度なのね……
しかし次の瞬間、ハッと気付いちゃったのよ。仮眠は格好だけで、実は襲う準備をしてる可能性もありなワケじゃん?
そう考えるとまたまた緊張してきちゃうじゃないのさ。
あれやこれや、いろんな妄想ばかりしてたら、いつの間にか周りがだんだん明るくなってくるし……
結局一睡もできずに、グッタリと疲れるだけ疲れて爽やかな朝を迎えた。
もちろん、何もありませんよ。隣で手だけは繋ぎっぱなしでねっ。クースカしっかり寝ていただいて、さぞかし疲れも取れたでしょうよっ!
朝の身支度にはテントを出てってもらったから、一人になった途端に深い深い、そりゃぁ深いため息をつきましたよ。
テントから出たとこで早速アルを探した。
「おう、アリス。今朝の目覚めはどうだ?」
「ええ、おかげさまで朝日が眩しいですわ」
キラッキラな笑顔を貼り付けて、思いっきり抉り込むような拳を一発お見舞いしたわよ。
「今日からは誰が何と言おうともヴォルフと一緒に寝ますっ、みんなのバカーー!」
「何をそんなに騒いでいるのだ?」
一人だけ澄まし顔で飄々としているセレス様を絞め殺したい気分になったのは当然でしょ?




