15話 アリス人形
「んあ……あああ、よっく寝た〜」
ベッドの上で大きく伸びをしてから勢いよく飛び出した。
最近寝不足だったかしら? 調子はいいんだけど指先とか体が冷えてる気がするかも。
貧血かな? レバーやプルーンで取り込まなきゃ……って、こっちの世界に同じ食べ物あるのか? 普段出されてる食べさ物に何の疑問も抱かなかったから、食事情がよくわからんぞ。これからはこっちの栄養士でも目指すかな。
そんなことを考えながら、みんなが集まっている部屋に向かってる。
寝ていた時間はほんの少しの時間だったようで、部屋付きの侍女さんにもう少し寝てるように気遣われたくらいだ。
心配ないことを全力アピールして、その侍女さんに教えてもらった扉をノックしようとしたら、変な会話が聞こえてきた。
「……と思ったんですよ、叔父上がアリスの気配を見落とすなんてあり得ない」
「私はアリスが影たちから気配の消し方を教わっているのかと」
アルとリアン様が私のこと話してるの?
私最近何かしたかな? ……ありすぎて絞りきれないところが痛いかも、てへへ。
なんて思ってたら、結構深刻な話しかもって思える発言がバンバンでてきてる。
「王宮にいる限り、気配の消し方や察知の仕方などは訓練で教わるが、かなり鍛えないと無理だ。アリスのような危機感が薄い者が率先してやるようなことでもないし。加えて、叔父上の気配察知能力は私よりも上だ」
「確かにそうですね、セレス様が仮に一度くらいは見落としたとして、二度、三度と感じ取れないのは異常です。ヴォルフ殿は感じ取れるのですか?」
リアン様がヴォルフに質問して、少ししてからセレス様が口を開く。
「確かに、日に日に気配を掴みづらくなってきているそうだ。ううむ、ヴォルフ殿をしても気配を感じるのが困難というのは異常としか考えられない」
軽いため息をつき、自分の手のひらを見ながらさらに言葉を繋げる。
「先ほどなどは、本人が目の前にいるのに、消えてなくなりそうな程だった。体温も低めで、動かねばただの容れ物のような、人形のような感覚だったのだ」
え? 私がお人形さんみたいに可愛いって? 照れるじぇい……ってそうじゃないか、容れ物みたいだって? 人間扱いされてないけど。
セレス様が眉間に皺を寄せてアゴに手を当てながら深く考えこんでいる感じ。
さっき倒れた時に女の声で聞いた内容は薄っすら覚えている。『また』『命』をもらっていく、と言われたが意味はよくわからなかった。また、ということは、何回か私に会って『命』を持っていってる、ってことよね。会うたびに命削られてるみたいだし……てことは寿命が短くなっていることかなぁ。
さっきの貧血っぽいのも、命とか血を吸いとられてるから私がスカスカになってるってことかしら?
うっそーっ! ヤバいじゃん、私!
このままじゃ何か消滅しそうなんだけどっ?
私は自分が怖くなって、ワザと大きな音を立ててノックした。
「あの〜、アリスですけど入っていいですか?」
半分顔を出して入室のお願いをした。振り返ったセレス様から「構わない」と許可をもらってる途中、みんなをザッと見回すと、アルとリアン様は共にセレス様に向かって首を横に振っているのが窺えた。「そうか」と呟きながら再び深く考えはじめたようだ。
リアン様が立ち上がり、ソファへ招いてくれる。体調を聞かれたので、問題ないことを伝えた。
「あの……お伝えしたいことがあるのですが」
「どんなことだ?」
「また、例の女の人から声をかけられました。急いで、ということと、あと……」
セレス様に向かって喋っているのだけれど、『命』に関してのことを話すかどうか迷っている。これ以上心配させたくないよ。ようやく婚約話しも落ち着いた頃合いなのに、また新しい厄介ごとなんて……
うん、内緒にしててもいいよね。
クロモント山に登ったら女の人に会えるし。
これはさっさと山に行って女の人に会ってから交渉しなければ!
「やっぱり何でもないです」
「どうした? 些細なことでも構わない、問題解決に繋がる可能性もあるが?」
途中で話しをやめたことに対して、眉をひそめて先を促すように私をみる。何だか隠してるのも悪い気がしてきた……
アルやリアン様まで話すように催促してくる。
「アリス、お前が話さなきゃ重要かどうか判断つかないんだぞ? みんなが集まっている今、話さなくてどうする。くだらなきゃデコピンして終わりだ」
「そうですよ、アリス。心配ごとはみんなで共有しましょう」
みんなが心配してくれてるのが身にしみる。思い切って話してみよう。ごめんね、さらに心配させることになるかも。
「えっと、その女の人の声では『またあなたの命を少しもらっていく』と言っていたんです。これって私の血か寿命を持っていかれてるってことかなって。だから体が冷えて気を失っちゃったのかなって……でも、こんなこと話しても逆に心配されちゃうし……」
言ってる側から後ろめたいのと、申し訳ないので涙が滲んできて、最後にはグスグスと泣き崩れてしまった。隣に座っていたセレス様が私の両手を覆うように握りしめ、頭をずっと撫で続けてくれる。
そうしてもらううちに、何だかうとうとし始めてボーッとしてる中、三人の声を遠くに聞いて浅い眠りについた。
「アリスの言っている『命』とは、魔力みたいなものだろうか。もう少し詳しく調べないと何とも言えんな。しかし、声の主も無体なことを強いる。今この小さな体にどれほどの負担がかかっているのだろうか……」
「叔父上はアリスの面倒をみてあげてください。我々も王都や文献で何か手がかりを探ります。先ほどなども、私らには気配を感じとることができなかったし。何とかして症状を改善してあげたいですね。リアン、王都へ連絡だ。ヴォルフ殿も心当たりを探していただきたい」
「王都と連絡つき次第、アルフレッド様に報告します。それと、なるべく早いうちにクロモント山へ行った方が良いかもしれませんね」
「ふむ、声の主もクロモント山にいるようだし、準備が整い次第進むか。主が全てを明かしてくれるだろうから」
ふと目が覚めた。さっきダーダー泣いちゃって寝落ちしたらしい。ソファに寝転がっているんだが……うぎゃんっ! セ、セレス様に膝枕してもらっちゃってるー……
もそもそと身じろぎして顔を動かすと、疲れがとれるまでは寝ててもいいって言うんだけど。やっぱマズいでしょ、この状態。
軽く身なりを整えて座り直し、テーブルをみると、山積みの本や資料が置かれてる。さっきはそんなもの置いてなかったから、私が寝落ちてる時にでてきたようだけど。
「何の資料ですか?」
「ん、これか? クロモント山と記憶持ちの話しがでてくるものを片端から読んでいるのが、特段興味をひく内容のものではないな」
「これ全部読んだんですか?」
呆れて呟くと、主要な部分を斜め読みしてるのでそんなに大量ではない、とサラリと答える。さすがお仕事大好き人間、やることが手早い。感心してる私に「声の主は他に何か言っていたか」と確認されたが、ふるふると首を横に振り、他はないことを伝える。
私はどうしても気になっていることを聞くことにした。
「あの、私の体がただの容れ物って言ってましたよね、どういった感じなんですか?」
不意を突かれた質問だったらしく、少し動揺をみせたセレス様だったが、私をじっと見ておもむろに話し始める。
訓練している者は大半が人の気配を察知することができるようになるらしい。少しの空気の動きなどを感じれば可能だと。ただ、私の場合、目の前で息をしたり動いているのに人の気配が限りなく薄いのだそうだ。人形が仕掛けで動くような、そんなイメージらしい。
その話しを聞いて、何となく寂しくなってしまった。こちらの世界に飛ばされてきたのも関係あるのかな。ファンタジーの物語を地でいってる私だ。実はピノキオでしたって落ちも薄っすら頭に浮かんでくる。
私はただの張りぼて人形なのかしら?
人間に憧れる人形……
「セレス様、私早くマトモな人間になりたいです」
ポツリと呟くと、あり得ない返しが待っていた。
「ん? 君の間抜けは一生治らないと思うぞ。マトモな人間というのは常識のある、ということからすれば、君はかなりの年月を費やすと……ぐふっ、かはっ」
ボディがガラ空きだよ、セレス様。ふんっ!
華麗なパンチを繰り出してその場を離れた。




