14話 新領主の誕生
「おはようございます、みなさん。昨夜はよく眠られましたかな?」
ご機嫌なクロランダ領主の挨拶から始まり、それぞれ朝食を済ませる。その後クローゼの声掛けで館にいる主要な面々と使用人たちが大広間に集められた。
内情を知らない人々は何事が始まるのかと不安な表情を隠せないようだ。周りが見守る中、クローゼがフランツさんの腕にすがりながら、クロランダ領主の前に立つ。幾分青い顔をしてるのは緊張のせい?
「お父様、私はセレスティアル様とは婚約致しません」
「ク、クローゼ! 何と? 何を言っているのか解ってるのか? フランツ、クローゼを止めなさい」
「いいえ、ダメですわ。私の結婚相手はこのフランツです。私は新たなエイキム領主となりますわ。私は領主として、フランツは私の補佐としてエイキムを支えるために結婚することにしました」
その途端、クローゼの母親は意識を失って退場となってしまった。確かに、上流貴族の奥様には刺激が強すぎる話しだものね。倒れるのも当たり前だわ。
領主は目を剥き、泡を吹かんばかりに興奮している。
まあ、当然の反応かな。自分の娘が王族の仲間入りをするという思惑が外れ、あろうことか、別領地の領主になるとまで言っているのだから。
日本でいうところの、独立して敵対会社の社長に就任するって言っているようなもんだ。
「認めん、認めんぞ! だいたい領主になるなどと、大それたことを言える立場かっ!」
「あら、言えますわ。私にはセレスティアル様とアルフレッド様の後押しがありますもの」
お、昨日の根回しが効いているわ。クロランダ領主はグッと詰まって、真っ赤な顔で口を開けたり閉じたりするだけになってる。
クローゼはたたみかけるように更に話していく。
「私、学院では領地経営コースは主席で卒業しましたし、フランツにしてみれば、私の教育指導をずっとしてましたから、領地経営コースの知識も十分、加えてお父様の補佐を長年しておりますでしょ? 実務の面でも合格点に到達していると思ってますの。エイキムに行っても何ら問題ないですわ」
「しかし、お前は女なのだぞ? 女でありながら領主など……」
「それにつきましては……」
セレス様がクロランダ領主の言葉を遮るように話しを始めた。
学院の成績からも経営能力には何の不足もないということ。前例がないのであれば、クローゼ嬢が初の女性領主になってみればいいということ。女性の視点からの領地経営が順当にいけは、今後更に女性が意欲を発揮できるだろうということ。経験不足はパートナーに補ってもらうことから、問題ないだろうということ。王都の領主会議でも女性視点の意見が出ると、議題が活性化するだろうということ。
「以上のことからも、女性で領主に立候補していただけるのは、いろいろな面でメリットが大きく、大変な期待を寄せております」
「それに」とアルが言葉を引き継いで、クロランダ領主に攻め込んでいく。クローゼが学院で首席をとった時点での学院側や教師陣の評価、学生たちからの信奉と信頼が厚かったことを述べて新領主に相応しい資質は備えている、と後押しする。
「最初はクロランダ領主殿が引退した後を引き継いでクロランダを運営してもよいかと思っていたのですが、ゼフュール国の活性化のためには、完成されたクロランダよりも、別領地で新しい事業や経営を行っていただくことがよりよい結果をもたらすと考え、私も賛同しました」
おお、アルもしおらしい顔して結構言ってるし。
これじゃあ自分が引退してからクロランダ領主でもいいだろうって逃げ道をしっかり塞いでるもんね。もうクローゼを新領主に据えるしか道が残されてないもの。
うん、昨日打ち合わせした通りになってるわ。しっかしセレス様も必殺魔王の笑顔、出してるねぇ。アルも似たようなモンだけど。
これじゃ、誰だって反論できないわ。仮にしようもんなら、背後からナイフが飛んできそうな雰囲気だし。
王族の力、いや、魔王の力、恐るべし。くわばらくわばら。
そんな考えをしてるうちに、クロランダ領主もしぶしぶ納得したようで、クローゼとフランツさんの結婚とエイキム領主就任が内々に決定した。
力なく広間のソファに座るクロランダ領主は、今朝見たときよりも十歳くらい歳をとったような雰囲気だ。
ほぼほぼ駆け落ちみたいな展開だからね、両親の気持ちもわからんでもない。
ただ、行き先のわからない親子断絶とかではないから、安心できると思うんだけど。
エイキムに行くまでの間にたっぷりと親孝行してあげるといいかも。クローゼにアドバイスしてあげなきゃ。
屋敷の使用人たちがそれぞれ持ち場に戻る頃、ようやくクローゼと話しができるようになった。
「おめでとう、クローゼ、フランツさん。これから忙しくなると思うけど、二人で頑張ってね」
「ありがとう、アリス。あなたがいなければこんな展開、考えられなかったわ。感謝しています。エイキムに行ったら、びっくりするくらいの経営をしてみせるわ」
クローゼは軽い興奮状態にあるようで、肌がほんのりピンク色に染まっている。今が一番綺麗な時期なのかもね。
誇らし気に微笑む彼女の手をギュッと握り、フランツさんに「彼女をよろしく」と伝える。
「お任せ下さい」と完璧な礼を返されて、やばい、ちょっとキュンとしちゃった。この人がクローゼの旦那様になるのねぇ。
「ちょっと羨ましいわ」と小声で囁けば、頬をより赤く染めて、ふふふと笑い返してくる。
私の少し後ろにいたセレス様が、コホンと咳払いしながらやってきて、クローゼとフランツさんに話し始めた。
今朝の件は王都に通信の魔石で連絡をとってくれたようだ。私たちが王都に戻った後に内容を精査して正式任命となるだろう、とのことだ。
いきなりの話しなので、混乱が収まるまで領主とクローゼとフランツさんの三人での話し合いが続くと思われるが、頑張って説得して欲しいとの要望もセレス様から二人に伝えられている。
まあ、二人の熱意があれば、このくらいの問題はすんなり片付くんだろう。今はこの幸せ者たちを祝福してあげようね!
クローゼたちと別れて、部屋に戻る途中のことだった。
セレス様とリアン様の間に挟まれながら雑談して廊下を歩いていると、急激に体が冷えてきた。歩くというより立っていられなくなって、ガクガクと震えながらセレス様に縋りつく。
意識が遠のく中で見えたその顔が、あまりに心配そうな顔だったので、彼の頬に手を添えて安心させるように微笑み、その後気を失った。頭の中に響くかすかな声を聞きながら。
『ねえ、聞こえる? また少し『命』をもらっていくわ。……っている……しなきゃ……急いで……』
気がつくと、ベッドの上に寝かされていた。首だけ傾けあたりを見回すと、セレス様に手を握られてるらしい。付ききりで居てくれたのか、そのままうたた寝してるっぽい。
クィっと手を握り返せば、それに応じて目を覚ましてくれた。
「目覚めたか……何の兆候も見られなかったが、体調が良くなかったのか? 」
容態を確認するように、私のおでこと頬を触り、心配そうに尋ねてくる。
同時に、何か気になることがあったのだろうか、自分の手と私の顔を交互に見ながら少し首を傾げ、考え込むかのように無言になる。
「もう少し寝ていなさい。私はヴォルフ殿たちと打ち合わせをしてくる。何かあったらこの館の侍女を頼ればよいし、私に用事があるならばすぐこちらに戻ってくる」
安心させるように私の頭をポンポンと撫でて、すぐに席を外してしまったが、全身のだるさもあり、取り残されたと感じることなくまたすぐに眠りについた。




