13話(閑話)ある執事の憂い
コツコツコツ……
滅多に人がこない西の棟の三階。一日の終わりにここに来るようになってどれだけの日数になっただろう。
撫でつけた髪をガシガシと手で乱し、衿もとを緩めながら窓べりに片足を投げ出してくつろぐ。
ポケットから煙草を取り出して煙とともに大きなため息をついた。
「あぁ、ホントに王弟殿下来ちゃったなぁ。俺はもう用無しだ。明日にでも辞表書くかぁ」
もう一度深いため息をつきながら、昔の思い出に浸った。
俺がお嬢様に初めて会った日、あれは自分の中でも衝撃が走った。
本当に動く人形っているもんだなぁって感動すら覚えたのは昨日の出来事のようだ。
俺の後ろからちょこちょこ歩く姿は、鬱陶しいと思いつつも可愛いなって、いつも手を繋いでたっけな。
いつだったか、わざと隠れて様子を見ていたら、泣きながら屋敷中走り回って俺を探してくれたよな。見つかったって喜んだ時の笑顔ときたらっ!
あん時からかな、絶対俺が付いてやらなきゃって思ったのは。
お嬢様教育の半分は俺の自己満足が入っちまったから、こればっかりは失敗した。お嬢様の一番は俺、俺の一番はお嬢様って意味だったんだけど……
「フランツは一番が好き?」
「はい、私はいつでも一番(お嬢様)が好きですよ。お嬢様も一番(俺)が好きですよね?」
おかげで勉強でも遊びでも、何でも一番がとれたら俺に報告するようになったもんな。
小さい頃はご褒美で抱きしめてあげたっけ。
あの時期が一番俺のモンって感じで幸せだたっよ。
……時間ってのは巻き戻らないものなのかねぇ。
学院に入ってからはさすがにご褒美はマズいと思って止めちまったけど……ずっと続けるには俺が苦しくなるから。
最初からわかっていたんだよ、俺とお嬢様では住む世界も見るものも、何もかも違うってことがな。
婚約者選びだって、俺が今までどれだけ握り潰してきたことか。
あの男はここがダメです、この男はお嬢様を一番にさせる甲斐性がありません、と旦那様に吹き込んで、山のような釣り書きを一蹴してやったし。
な、の、に、お嬢様自身が縁談話しを持ち込んでくるとは。
王弟セレスティアル殿下、この国で一番女性に人気があり、仕事、出自、文字通り非の打ち所がない。お嬢様が「お婿さんも国の一番を連れてくれば、フランツも満足でしょ?」とニッコリ笑いかけた日には、俺、即行で執事辞めて旅に出ようと思ったよ。
今までの俺の苦労が水の泡じゃないかっ!
散々気を遣って縁談話しをもみ消してきたのに、こればっかりは潰しようがない……
俺はお嬢様に仕えたいのであって、誰かの奥様に仕えたい訳じゃないんだ。他のヤツのものになるなら、俺はお嬢様の一番じゃなくなるじゃないか。
いつまでも俺の作ったカゴの中で、綺麗な声で歌う鳥みたくしてくれたら良かったのに。いつの間にかカゴから飛び出してたなんて気づいてもなかったよ。
明日からは王弟殿下のカゴの中に入って、綺麗な声で歌うんだろうな。お嬢様はもう俺の手元には戻ってこない……
しばらくボーッとしながら、フッと笑いが込み上げてきた。次の煙草に火をつける。
考えてみれば、最初っから俺のモンでもなかったよな。いつの間に俺のモンって思ってんだ?
「アホか、俺」
自嘲気味に呟きながら、煙の流れを目で追う。そろそろ部屋に戻るかと思って体を動かそうとした時、階段の下から向かってくる足音が聞こえた。
使用人の誰かが来たか、と首だけそちらを見ると、現れたのは何とお嬢様だった。
「え? 何で?」
咥え煙草のままポツリと呟く。
こんな時間にこんな場所にいるわけがない。思いながら腰を上げれば、彼女の側に魔物がいるではないかっ!
慌てて煙草を処分し、お嬢様を守るべく駆けつけて手を引く。素早く後ろに隠して近くに対抗できる武器がないかと探りを入れた。
「フランツ、大丈夫です。彼らは悪いものではありません。アリスからつけられた護衛ですわ」
お嬢様はキュッと俺の手を握りかえすと、安心させるかのように背中をトントンと軽く叩く。魔物はクルリと背を向けると、侵入者がこないように見張りの役目をするべく、その場に待機してくれた。
「あんたも何だってこんな時間に出歩いてるっ。俺はこんな躾はしてない……あ、申し訳ございません、言葉が、つい」
首を捻り、お嬢様を軽く見遣ると、俺の腕に自分の腕を絡ませてこう言った。
「フランツと今、話さなければならないことがあったのです。私、セレスティアル様とは結婚しませんっ、だから居なくならないで!」
お嬢様の必死な声に呆気にとられた俺は、マジマジと彼女を見返したまま、立ち尽くしてしまった。
お嬢様は、と言えば、絡めた腕をスルリとほどいて俺の正面に立つ。
両手を胸の前に重ねて真っ赤な顔をしてうつむきがちにギュッと目をつぶってる。
「私の一番はフランツなのっ。だから……だから私と結婚しなさいっ!」
……? ん? はい?
このお嬢様は何を言ってる? 俺と結婚しろ? 何で?
頭にもはやハテナマークしか浮かばない。
「へ、返事はどうしたのっ。は、早く返事!」
「は、は……い? わかった……りました」
わけがわからないままに、とりあえず返事だけする。
途端に花が咲いたような笑顔を見せてくれた。そう、あの隠れた所から顔を出した時の笑顔と一緒だ。
たまらず俺はお嬢様をギュッと腕の中に抱え込んでもう一度その笑顔がみたくて、両手で頬に手を添えて上を向かせた。手のひらには彼女の熱を感じる。
困ったような顔をして視線を外し、小さな声で更に言葉を重ねる。
「私がフランツの一番になれる自信がないのですけれど、努力しますわ。明日の朝にはお父様にも報告します」
「俺、あ、わ、私の一番はいつだってお嬢様に決まってます。初めてお会いした時から一番以外考えられません」
何か夢みたいだ。ふわふわした気持ちってのはこのことを言うのか?
俺のカゴから飛び出した小鳥がカゴには入らずに肩に留まってくれている。これからもずっと側に居てくれるのだろうか。
思わず、手元から逃げないように、その小さな唇にキスを落とした。
「あっ……も、申し訳ありま……」
「謝らないでくださいませ、私も嬉しいです。ただ……あなた、煙草臭いですわ」
少し拗ねたようなもの言いに、口元を押さえ「あっ……申し訳ありません」と繰り返し謝る。
慌てて風の魔石を取り出して煙と臭いを消してると、俺のうろたえようを見たお嬢様は、コロコロと笑いながら「いつものフランツよりずっと魅力的です」と頬を染めて言ってくれた。
信じられないんだが……今俺の腕の中にいるのは本当にうちのお嬢様なのか? 騙されてるんじゃないか、と不思議に思ってしまう。
「一晩寝たら消える夢みたいだ。まあ、夢でも見れたことがラッキーと思うけど」
ボーッとしながら呟く。
はっ、失敗した。心で思ったことをそのまま口にしてしまった。
取り繕うように口元を覆い、お嬢様に見られないように顔を背ける。
その言葉を受けて、彼女は頭から髪留めを外して俺に渡し、再び胸に顔を埋めてくる。
「これが証拠ですわ、明日はこれをあなたが私に着けてくださいな」
艶やかに笑われて、俺の頬もカッと赤くなった。体の熱が伝わらないか、ドキッとする。
「お……嬢……さ、ま」
「もうお嬢様ではありません。あなたと私は婚約者同士になるのですから。クローゼとお呼びくださいな」
ああ、この嬉しさをどう表現しようか!
叫び出したいような衝動を抑えるのに必死だ。代わりに啄むようなキスを彼女に何度も落とし、もう一度ギュッと抱きしめた。
諦めていた希望が今、俺の手元で輝いている。
やっと手に入れた、俺の小鳥。俺のクローゼ。
次話以降、少しお時間いただきます……申し訳ないですぅ




