12話 クローゼの恋
クローゼ嬢の言ってる言葉の意味があまりよく理解できず、思わずきょとんとしてしまった。
「結婚したくない? パーティでセレス様を誘ってましたよね? あれは婚約して欲しいからではなかったんですか?」
「最初はそのつもりだったの。国で一番の婚約者と言えばセレスティアル様のお名前が常にあがってましたもの。皆が納得する結婚相手としては最高のお方ですわ」
憂いを帯びた表情をしながら話すクローゼ嬢から、事の顛末を詳しく聞いた。
結婚適齢期もそろそろ越えてきそうな年齢にも関わらず、お見合いの話しが一向にまとまらないことで、周りからかなりのプレッシャーを感じていたようだ。執事のフランツさんは、気にしないようにとのことだったが浮かない表情をすることが多くなったらしい。
それならばいっそのこと、一番注目されている人を相手にすれば、周囲も納得するだろうと考えて、自ら行動にでたようだ。
「私はこれ以上フランツの手を煩わせたくなかったのです。縁談の話しがくる度に深くため息をついているあの人を見るのが耐えられなかったの」
両手で口元を覆い、震えながら涙をこらえている。彼女もずっと居たたまれない状況だったのね。
「だから自分で動いたのよ、こちらにセレスティアル様を迎え入れれば、フランツの気苦労もなくなると思ったから。なのに返された言葉は残酷だったわ」
「どんなことを言われたのですか?」
「『お嬢様は全ての一番を手に入れました。私の役目はここで終わりですね、これからはセレスティアル殿が全て貴女のために動いてくれるでしょう』と」
溢れそうな涙をハンカチで押さえながら、漏れる声を押し殺している。
私はクローゼ嬢の側に寄り添って、優しく頭を撫でてあげた。しばらくそうすることで、彼女が少しでも落ち着くことができるように願って。
「私は結婚とか婚約などどうでも良いのです。フランツと一緒に居られるなら。フランツが居ない場所など私にとっては何の価値もないわ」
「クローゼ様はフランツさんが好きなのね?」
途端に真っ赤になって口をパクパクさせ、手をギュッと握ってやがて戸惑いながらも小さくコクリと頷いた。
かっ、可愛いかもっ……
お人形さんのような顔立ちで、頰を赤らめてモジモジするところなんか見ちゃった日には、絶対この恋、成就させてあげますって気分になってきた。
よっしゃー! やったるぞー!
私はクローゼ嬢の両肩をガシッと掴み、真剣な眼差しでこう伝えた。
「今からお嬢様としてではなく、お友達として話し合いましょう。私のことは呼び捨てて構いません、私もクローゼと呼ばせてもらうわ。丁寧な言葉ももちろんなしよ?」
クローゼは小さく頷くと、私の手をキュッと握りしめ「私はどうすればいいのかしら」と呟いた。
その言葉に対して私が考えたことを彼女に伝えた。あくまで予測でしかなかったけれど、少しでも両思いになる希望を作ってあげなきゃ彼女の気持ちの持って行き場がなくなっちゃうもの。
フランツさんはクローゼのお見合い話しをことごとく潰してきたのではなかろうか、セレス様との婚約ともなると、潰しきれずに諦めるしかなかったのではないか、と。
「つまり、フランツさんもクローゼが好きってことよ。だから自分の手元にずっと残しておきたかったんじゃないかしら?」
話しを聞いているうちに朱を散らしたような顔になり、今や頭から湯気が出てるんじゃないかって心配なくらいになってる。
「ということで、フランツさんのところに行きましょ? あなたの気持ちを伝えなきゃ。そして彼があなたをどう思っているかも確かめなきゃいけないわ」
「でも、そんなことをして迷惑になったら? 負担をかけるのは心苦しいわ」
クローゼは少し後ろ向きな態度をとるのだけれど、私は逆に自信を持つように勧めた。
「何年もあなたの側にいる人なのよ? 多少の負担は負担とも感じないと思うわ。それに、このまま状況を受け入れるってことは、フランツさんを諦めるってことになっちゃう。あなた、それでいいの?」
私の問いに対してうつむきがちだったクローゼは、ふるふると小さく首を振り、キッとした目で「それは嫌。フランツに会ってくるわ」と答えた。
しかし次の瞬間、ガッカリしたような顔をして小声で呟く。
「でも婚約は取り消せないわ」
「そのことなんだけど、私にいいアイディアがあるの。そのためには……」
私はニヤリとクローゼに笑いかけ、私の計画を耳打ちした。
びっくりした顔をして私をみる彼女に、人差し指を口元に当てて「明日の朝まで内緒ね」とウィンクしてみた。
コンコン。
扉をノックして、顔を出したのはリアン様だ。私と一緒に来たクローゼをさっと見ると、何も言わずに部屋へと通された。セレス様は奥の机で書類仕事をしてるような様子。
「セレス様、お願いがあります。ヴォルフとガウナをクローゼの行きたい所まで護衛してもらえるように、連絡とっていただきたいんです」
クロランダの館にはヴォルフたちはいない。やはり魔物に怯える人もいるので、念のために外で過ごしてもらっているのだ。呼び寄せる理由を問われたが、クローゼを送りだしてから、私の計画を説明するつもりだったので、一先ずそちらを優先してもらう。
バルコニーに出て、ヴォルフたちを招き入れ、クローゼとの対面をすませる。ヴォルフの大きさと魔物ということで引きつった顔をしていたが、尻尾でしばらく撫でられると落ち着きが出てきたようで、軽い笑みを浮かべられるようになった。
「大丈夫?」と声をかけるとコクリと頷いたので、軽く元気づけ、二頭と一緒に部屋から送りだした。
「ところで君の企みとは一体何だ? また厄介な話しに発展しないか、詳しく聞きたいのだが?」
「またって何ですかっ。もうっ、これが失敗したらセレス様はクロランダ領主に就任ですよ? 協力してください」
ちょっと怯んだセレス様と苦い顔のリアン様を並べて、私はクローゼと考えた計画を説明した。
最初は渋い顔をして聞いていたが、だんだんと興味が出てきて、最終的には納得してくれたようだ。
「セレス様とアルの推薦があれば、今回この婚約話しに関わった人たちみんなにメリットがあるはずですよ? 悪くないと思いません?」
「確かに一理ある。しかし君の発想にはいつも驚かされるな。アルフレッドには私から説明しておこう。もう遅い時間になるので君は部屋へ戻りなさい、リアンに送らせる」
部屋から出て、自分の部屋へ向かう途中、リアン様から話しかけられた。どことなく、館に到着した時より安心した顔つきにみえる。
「クローゼ嬢が話しで聞いたような方だとは思ってませんでしたよ。人は見かけによらないもんですねぇ。明日は上手く話しがまとまるといいですね。いや、確実かな。これで私も……っと」
慌てたように口をつぐむリアン様に、私は半目でニヤリと笑いかけた。
「これで私も? その先が聞いたいですわ、リアン様。ただし、この件が片付いたら腰を落ち着けて、じっくり聴取しますからね? あぁ、今聞いたいのにっ。悔しいわ」
「あ、到着しましたよ? おやすみなさい。私事ですから、しっかり忘れていただいて結構です、それでは」
爽やかな笑顔がますます胡散臭くみえるが、ずいぶん遅い時間になったので、深く追求するのは諦めよう。
ベッドに潜り込みながら、明日の計画を反芻する。
この館が大騒ぎになるかしらね。まあ、セレス様とアルが収めてくれるでしょ。
そしてクローゼは上手くいってるかな? 自分の幸せは自分で掴みに行かないとね。頑張って!
励ましは、私自身にも言い聞かせるように。さあ、明日のために早く寝よう!




