11話 クロランダ領主の館
『娘よ、ところで何故早朝からセレスティアルの部屋にいたのだ?』
「ええっと……」
言いよどむ私にヴォルフの厳しい叱責がセレス様ばりにその口から次々とでてくる。
『まさか寝込みを襲いにかは? 若い娘がする行動ではないな。セレスティアルもアリスの気配くらい……』
ん? あれ? 聞こえなくなっちゃった。
「ヴォルフ〜、もう聞こえない。お小言聴きたくないからじゃないよ? 素敵な声がしない」
がっかりしながら抱きついてそう呟いた。
それを受けたヴォルフはジッと私を見て何やらセレス様と話しをしているみたい。二言三言話した後、お互いに何かを確認するような話しをして普段通りの動きになった。
「ところでアリス、私に何か用事があって早々に部屋に来たようだが?」
うーっ……この顔、絶対謝りにきたのをわかってて言わせようとしてるーっ。
意地悪そうな顔をしたセレス様が腕組みをしながら私に向きあって言い訳の続きを促す。
「えっと……ゆうべは大事なお話しの最中に酔っ払っちゃったようで……申し訳ありませんでしたっ」
「ふむ、素直に謝れば問題ないのに早朝だったのだ?」
「それは、その……寝惚けてたらキツく怒られることもないかぁ、と」
「ほお。それで寝込みを襲ったということか?」
襲ってないもんっ。逆に襲れたのは私だいっ!
と言いたいのは山々だったが、お小言が激化するのを防止するため、ここはグッと堪えた。頑張ったね私、よく我慢したよ私。
あー、でもやっぱり我慢できないっ。チクチクと細かいお小言を食らって、セレス様が満足した頃合いを見計らって、グッと不満を抱えながら部屋を出ることにした。
最後に扉から顔だけだして、その不満を捨て台詞のように言い放ってやった。
「でも、私のファーストキスを奪ったのはセレス様ですからねっ! 誰が何と言おうと事実は変わりませんよっ! それじゃ!」
チラリと見えたセレス様は、ほんのりと顔を赤らめて口元を押さえていたけれど、その後どうしたのかは知らないな。しばらく悶えてなさいっ!
朝食を終えて、一路クロランダ領主の館を目指す移動が始まった。
「ホントにいいのか? 俺の馬で。叔父上のところが乗りやすいだろ?」
「いいの、お小言魔王の側になんか居たくありませんっ。しばらく同乗させていただきますわ、アルお兄様?」
「うへぇ、やっぱりお前には『お兄様』とは呼ばれたくないわぁ。寒気がする」
「何よそれ、可愛いアリスちゃんが庇護欲全開でアルお兄様にお願いしておりますのに。哀しいですわ〜」
「うげ〜……」
ふふふ。正直言うとセレス様を意識しちゃうかもしれないからさ、アルのとこにいるのが落ち着くの。何か利用するみたいだけどごめんね、少しの時間私のことを面倒みて。
移動は今までになくスムーズで、これも影が厄介な魔物は全部蹴散らしてくれてるからだ、と教えてもらった。アルも影の存在にはずいぶん助かっている、と言っているので、戻ったら王様に進言してくれるんじゃないかしら。ヤンたちも王族との契約の方が安心だよね?
いつか、仕事じゃなくて、普通にお喋りとかしてみたいな。
「おお、よくお越しくださいました、セレスティアル殿、アルフレッド王子」
「クロランダ領主殿も、変わりないですかな、何日か滞在するのでよしなに」
クロランダ領主が両手を広げて、いかにも待ってました、と言わんばかりに出迎えてくれた。小太りなせいなのか、緊張のせいなのかわからないが、額に汗をにじませての応対だ。母親も、ニコニコと後ろに控えて歓待をしてる。三歩さがって……みたいなお母さんだな、まあ、この領主にはそのくらいの奥さんがちょうどいいかもね。クローゼ嬢の気品の高さもこの奥さんあってこそって感じ。
彼女はよく躾られた良家の子女ってヤツだよね、セレス様と夫婦になったら、世紀の大カップル誕生になるのかぁ……
ホントに断るのかなぁ、世間からすれば、私の方がお邪魔虫だよねぇ……
セレス様はクロランダ領主にハッキリと断ると言ってるみたいだけど、その後の領地との取り引きや王族に対する風当たりも考えると、あまり良くない展開だわ。何とかみんなが上手くまとまる方法があればいいのだけれど……
相当厳しい譲歩案を提示されるだろうし、いっそ二人には結婚してもらって、私は私でヴォルフたちと旅にでるのもいいかも。恋愛ごとよりも楽しいことがあるかもしれないし。そうなったらそうなった時に考えましょ。
領主とセレス様とで簡単に挨拶を済ませ、それぞれの部屋に案内される。お風呂やら身支度であっという間に晩餐の時間になった。
出迎えにクローゼ嬢がいなかったので、不思議に思ったのだけれど、晩餐には顔をだしている。やはりお人形のような綺麗な顔は健在で、一段とキラキラしているみたい。でも、セレス様と話す時はあまり浮かない表情で無難なやりとりをするだけの様子。
気になってそちらをチラチラ見ていると、食事の終わりにクローゼ嬢から声をかけられた。
「アリスさん、もし時間に都合がつくなら、この後少しお話しできないかしら?」
「私の都合はいつでもつきます。どちらにお伺いしましょうか?」
「それでは私の私室までいらしてくださるかしら?」
後から伺う旨を伝えて一旦部屋に戻ることにした。いよいよクローゼ嬢に私の気持ちを打ち明けて、セレス様との婚約を考え直してもらえないか、とお願いする時がきた。
意を決して軽く両手をキュッと握り、自分を納得させるように小さく頷いて「ご案内します」という侍女の言葉に、促されながら立ち上がった。
向こうも部屋に戻るようで執事が彼女の手をとり、エスコートしている。流れるような動きの見事さに感嘆のため息がでてくる。
クローゼ嬢にピッタリついている執事の人は彼女の専属かな? でもずいぶん親密っぽいなぁ、まるで恋人? そのくらい息が合っているのよね。
立ち上がりかけた時に椅子の角にドレスが引っかかったらしく、ちょっとバランスを崩した。あ、危ない。スッと伸ばされた執事の手で体勢を立て直し、すぐさまドレスと足元を整えてもらってる。
軽くお礼を言いながらエスコートされるクローゼ嬢がほんのり頰を赤らめる表情なんか見ちゃった日には、彼女にも可愛いところがあったのね、と感じたりもした。
侍女に案内してもらってクローゼ嬢の私室にようやく到着した。今までにお泊まりさせてもらったどの領主の館よりも広くて部屋数も多い。経済力が段違いなのだな、と思うのと同時に、この経済力を維持する領主の手腕も凄いのだ、と実感させられた。
「お飲みものはワインでよろしいかしら?」
「いえ、ジュースをください。ゆうべ大変な目に遭いまして……」
「あらあら、どんなお話しかしら? お尋ねしたいわ」
クスクスと笑うクローゼ嬢に、何だか今までの、一番が大好きワガママちゃんなイメージしかなかった部分がどんどん変わっていく気がした。
侍女たちにてきぱきと指示をだしている様子は、毅然としたリーダーのような態度だし、やってもらって当然、という態度をとるかと思ったら、そんなこともなく、侍女一人ひとりにお礼をしている。
よくよくみると、お嬢様扱いで傲慢になりがちなところが全く見えてこない。
これって私が表面上しか見てなかったってことかも。実はすごくいい子なのかもしれないわ。先入観でしか判断してなかった自分がとても恥ずかしいよ。ごめんなさい、クローゼ嬢。
侍女も執事も部屋から出ていかせて、私とクローゼ嬢の二人きりになる。パタン、と扉が閉まる音を聞いた途端、バッと私の両手を握って切羽詰まった声で訴えてきた。
「お願いがあるの、アリスさん。私セレスティアル様とは結婚したくないんです。なんとか破談にできるように協力してくださらない?」
「はい? 結婚……したくない? えー!」
「しーっ、お静かに。侍女からお父様に伝わるのが一番厄介ですから」
衝撃の発言を聞いて、理解が追いつかずにしばらく呆然としてしまった。




