10話 契約と早朝の出来事
勢いあまって『ガウナ』と名前を叫んでしまったが、落ち着いて考えるともうちょっと格好いい名前があってるかと思い直し、
「ねえセレス様、何か他にカイザーとかカールとか別の名前にした方がいいですかねえ?」
「一度出た言葉だ、ガウナがこの子狼の名前で皆も納得するだろう」
「でも意味が……まぁ言わなきゃいいか!」
怪訝な表情を浮かべ「ちなみに意味は?」と聞かれたので「いたずらっ子」と答えたら、深いため息をつかれてしまった。呆れたような顔をしながら「あまり公開しないように」と釘を刺された。
でも、ヤツにはしっくりくる名前だし……これで活躍してもらおう。
チラリとみたら、フンッと鼻息を出してその場にうずくまる。何となく察してくれたかな? ふふふ、よろしくね!
名付けの契約がひと段落し、部隊の編成が終わりアルの号令で再び山を下る道を進む。
夕暮れが近づいてきた頃、ようやく小さな村に到着した。今晩はここが宿泊地になるらしい。
ヴォルフの家族とは先ほど別れた。
私も奥さんと子供たちをギュッと抱きしめ「また会いましょう」と声に出す。伝わったのか、顔を舐めて尻尾で挨拶してくれた。やっぱり家族って温かくなるよね。素敵だよ。
晩ご飯を済ませ、ゆっくりしているとセレス様に呼ばれた。そう言えば、ヤンとの約束があったんだ。扉をノックする前に軽く深呼吸して気を引き締めた。ヴォルフとガウナには扉を守ってもらうようにお願いしてる。
お部屋に入ると食後用としてグラスに半分ほどのワインを出してくれた。わーい、久しぶりに飲めるかも。チビチビ舐めていると、目の前にはいつの間にかヤンと親父さんが床に跪いていた。
「うわっ、やっぱり慣れない……」
一人で呟いていたら、セレス様は気にする風でもなく話しを始めた。
私も立ち合うべく、慌てて手元のワインを一気に飲み干して姿勢を正した。
「ここに来てくれたということは正式に依頼を受けていただける、ということで良いだろうか?」
「はい、何なりとお申し付けください」
「その前に確認しておきたいことがある」
セレス様がすごく真剣な顔をしている。とても重要な取引きについて話すのだろう、私がこの場にいていいのか?
席を外すべきと思い腰をあげかけると、セレス様に押さえられ「君もこここに居なさい」と言われ座り直した。
「本題に入る。私たちの部隊が今移動しているのはクロモント山にアリスを連れていくためなのだが……」
私が神託を受けて山へ向かうことをまずは伝えて、詳細を説明する。
最近の魔物出現が活発なため、部隊の騎士とともに魔物討伐を手伝って欲しいと。さらに、山頂に着くまでの間、私が危険にさらされないように守りを固めて欲しい、というお願いもしてくれた。
人数はできるだけ多い方が早く進むので、できれば一族ごと雇いたいとも。
それを聞いた親父さんはピクリと体を震わせながら、影としての要求をこちらに伝えてきた。
親父さんが言うには、一族は金で動くことを前提としているため、金額に折り合いがつけば問題ないらしい。
もしも今回の個人的な依頼だけではなく、継続的に王族と契約できるならば、一族の者たちと話し合って改めて契約に望む、というものだった。
セレス様の方も熱心で、王都での各自の生活保障、ベルナルド様やバクスター様との仕事の連携なども提示して、団体ごと王族と契約したい旨をアピールしている。
セレス様が前向きに検討して欲しいと親父さんに言っていたので、いずれ影の一族が王族と手を結ぶ日も近いだろうと感じていた。
そんな話しを隣で聞いているうちに何だか体がフワフワとしてきたんだけど……
熱が出たわけでもないよねぇ、その割にポカポカしてるし。
「セレス様〜、わらひ、なんらかポカポカして〜」
「……何をやらかした?」
「ふっふえっへっ……たのひいれふうね〜、ところれ、あぁたれすねぇ……」
「くっ、あの量を一気にあおったのか……」
ご機嫌な私はヤンたちがいるのにも関わらず、セレス様に不満をバリバリ言ってしまってるようだな、口が止まらない止まらない。
意識の向こうで「扉の向こうから殺気」やら「これにて失礼」とか聞こえてるんだけど、睡魔との攻防の中ではなかなか聴き取りづらくて。
そして睡魔に軍配があがった途端にブラックアウト。おやすみなさい。
『……え、ねえってば、お願いなんだけど』
ん? 誰かしら?
『気がついた? あなたの『……』少しもらってくわ。北の子達が煩いから……あとでもっと……』
あ、ごめん……眠すぎて話し聞くの無理……
「ぐっ、ふぇぇ……何だってこんなに気持ち悪いのよ? 水、お水飲まなきゃ……」
気がついたら朝だった。やっばい……
しばらくゴロゴロして気だるさを散らすと身支度してセレス様のところへ向かうことにした。あまり気乗りしないんだけど、話し合いの途中で酔っ払っちゃったのは謝らないとね。
小さくノックして部屋の中を顔半分だけだして覗いてみた。うー……怒られるよぅ……
あ、れ? 今って早い時間なのかな?
ソファに寝てるけど……あ、そっか、目を覚ました瞬間に全力で謝ればいいよね!
寝ぼけてたら怒ったりお小言までは絶対いかないじゃん? オッケーオッケー、私って天才かもっ!
気づかれないようにお部屋に入り、ソファの近くに待機。んー、もうちょい近くの方が気づいた瞬間がわかるか。よし、ちょっとズレて……と。
ふふ。久しぶりにこの距離で顔見たなぁ、前の時は首絞められたっけ。相変わらずきめ細かい肌でございますねぇ、髪の毛は短くなった分だけゆるふわウェーブだし。
……ドレスも似合うんだろな……
バクスター様と組んでダンス……そこに禁断の愛の花が……いやいやアルが相手か? って腐女子やないけぇ。
あら? 目が……開いてるけど焦点合ってない?
ぅおぁっ……頬に手を添えられたかと思ったらその手が後頭部に回って、ぐいっと顔にっ。
「っ…………」
ああーーーーアリスちゃんのプリティな唇がぁっ!
はい、現在無言のままキスされちゃってますぅ。……長いっ、長いってば! 息がーーっ!
たまらず、胸板をボンボンと殴り無理やり覚醒させてみた。長〜いキスくれちゃった後、ようやく息継ぎできたと思った側から羽交い締めかってくらいにギュウギュウ抱きしめてくるもんで……
再び酸欠の危機かっ、と思った時にようやく目覚めてくれた。
「…………ん? ぁあ? ぇええ?」
「……おはようございます……」
「なっ、何で君がここに? どうやって?」
「あー……のですねぇ、昨日の謝罪で……」
歯切れ悪く話し始めるのだが、ソファで頭を抱えてぶつぶつ言ってるセレス様に聞こえるはずもなく。
ガバッと剥がされた私は、腰を抜かしたまま、ズルズルとソファの下に滑り落ちた。
そして、こんな時にとても素敵なタイミングでお部屋に入ってくるリアン様。
目が合った私にニヤリと笑い「ふーん」と一言言いながら出て行ってしまった。
……いったい何なのよっ!
扉の方を呆然と見つめていたら、スーパーヒーローヴォルフさんがガウナを伴って飛び込んできた。
『セレスティアル!アリスの動揺した気配を察知したのだが、何があった?』
「あー……申し訳ありません、部屋に入ってきたアリスの気配を認識できずに……ちょっと、その」
ヴォルフに詰め寄られてるセレス様をみてくすりと笑いがこみ上げてきた。怒られてるところを見れるなんて貴重だわ。ふふふ。
ん? んん? あれ? 今のってヴォルフ?
何で聞こえてるの?
「ねぇ、私にヴォルフの声が聞こえるんだけど?」
「何?」
『何だと? 何がきっかけで声が届くようになった?』
「私にもよくわからないんだけど、急に聞こえるようになったみたい」
『まあ、そんなことはどうでも良い。会話ができないもどかしさからは解放されるな』
驚くセレス様だがヴォルフの方がもっとびっくりしているみたい。私も会話ができることに嬉しさを隠しきれずタテガミをワシャワシャと撫で回した。
「私もヴォルフと話せるなんて夢みたい。今とっても幸せよ」
その時はファーストキスよりもヴォルフとの意思疎通ができる喜びが大きかったのよ。
セレス様とのことは二の次になってた私がその事実に気づくのにしばらく時間を要したのは、不可抗力と思ってくださいな。
13話あたりまで毎日投稿




