7話 心が凪ぐ
「何かさぁ、こうやって一緒に馬に乗ってると最初に王都来たときのこと思い出すよね〜」
先ほど王宮のみなさんにご挨拶して、クロモント山に向けて出発した。
「そうだな、お前ってば尻、尻って連呼してさぁ。少しはレディの作法覚えたんだろうから、恥ずかしいって思うだろ?」
「そこ指摘する? あの時は私の人生のピンチだったのよ。泣きそうなくらい大変だったのよ?」
アルが声をあげるくらい笑ってる。私もクスクスと笑いながらあの当時の痛さを思い出す。しばらくの間、王都までの道のりであったいろいろな思い出話しに花を咲かせる。帰ってこれないかも、というちょっとした不安をかき消すように、お腹の底から笑えるような話しばかりで楽しんだ。
王都から出る時、ルークに涙目になりながら抱きつくと「一生会えないわけじゃないからな」と元気づけられた。そうだね、すぐに会えるよ、張り切って行こう!
私、絶対帰ってくるからね!
セレス様の件も含めて、クロランダの領主の館に一旦お世話になってから山に登る手はずになっている。クローゼ嬢の動向も気になるので、領主の館に寄らせてもらうのは願ったり叶ったりだ。
最初の休憩所に到着し、それぞれゆっくりとくつろいでいる。私もヴォルフの首に思いっきり抱きつきながら戯れる。やっぱりモフモフタイムは必須だわ。そんな中、アルが私のところまでやってきた。
「なあ、叔父上の馬に乗って移動でいいんだぞ? お前そっちの方が乗り慣れているだろ?」
「う……ん、そうなんだけどね、距離が近過ぎるっていうか、落ち着いてられないっていうか……」
あ〜、今私の頭から「ぷしゅ〜」って音でてるかもって思うくらい恥ずかしい。思わず両手で顔を隠して小さくなる。どこかに隠れるとこないかしら?
ヴォルフがフンッと鼻を鳴らし、側に寝そべる。何か微妙に不機嫌そうに見えるのは気のせいかしらね。
「お前なぁ、振った相手にそこまで惚気た態度とるか普通。多少は傷つくぞ?」
「え? 振ったって……そんな」
「態度と視線みれば誰だってな、それくらい判るって」
「あー……ごめんなさい」
申し訳なくアルに謝った。アルはポンポンと私の頭を撫でながら、自分にも言い聞かすようにゆっくりと話す。
「いいさ、お前が一番満足する場所を見つけたんだったらな。これからはルークに代わって兄貴としてこの俺様が面倒みてやるよ。お前、絶対危ないものな。ほれ、『お兄様』と呼んでみな?」
「もー何よそれ、絶対呼ばな〜い」
アルとのちょっと引っかかっていた心のわだかまりが、たちまち溶けていった瞬間だったのかも。すごくすっきりして気分がいい。
今度はアルがヴォルフに向かって話し始める。
「ということでヴォルフ殿、叔父上のところまで連れて行ってもいいですか? まあ、アリスが襲われそうになったら私が体を張って阻止しますから。あまり拗ねないで二人で見守りましょうよ?」
ちょいちょい、アルってば、何てこというかな。セレス様だよ? 襲うという言葉にこれ程遠い人もいないだろうに。そう伝えたら、ため息混じりにこう言われた。
「あのな、バクスター叔父上からも今セレス叔父上は判断能力低下してるっていってたろ? 特にお前がらみでな。ただ、王都からずっと叔父上の冴えない顔見せられても困るわけよ、俺、隊長だし。少し会話してこい、隊長命令だ」
で、連れてこられた訳ですよ。
出発の号令がかかったので、そのままセレス様の馬に引き上げてもらって移動している。
ヴォルフってば、さっきフンッともう一度鼻を鳴らしたかと思うと、私が目で追えないようなところまで駆けて行っちゃったし。
「えーと……セレス様?」
「ん? 何か重要な用件か?」
いや、大した話しじゃないんだが。大事な話ししかしちゃいけないんかい……
この間を何とかできないかと、斜め後ろについているリアン様に救いの視線を投げかけてみた。こっち向いて!
よし、目が合った……ん? あれれ? 何でよ!
せっかくリアン様に助けを求めたのに、軽く手を振って下がっていっちゃったんですけどぉ!
目が合ったでしょ? ここは助け舟を出すのが副官の務めでしょうっ!
リアン様のあまりの仕打ちに思わず「ちっ」と舌打ちしてしまった。
当然この距離のセレス様に聞こえてしまった訳で……
「アリス、今非常に耳障りな音が……」
「それはしょうがないじゃないですかぁ、セレス様ってば、仏頂面しかしてないし楽しいお話しを……」
「それと舌打ちとでは別次元の問題だろう、だいたい……」
片眉を上げるセレス様。しかも私の話しをカットインしつつのお説教攻撃。しばらく聞いていたのだが、だんだん悲しくなってきてじんわりと涙が滲んできた。
私の様子の変化に気づいたセレス様が慌ててとりなすように喋りかける。
「あー、悪かった。どうにも身構えてしまって。頭の中と体がバラバラで行動が結びつかないというか、口にでる言葉が思ってもないものになるというか、何と表現したらいいものか……」
盛大なため息を吐いて片手で自分の目元を覆ってしまってる。ガックリと項垂れて本気で気落ちしているセレス様に、何だか笑いがこみ上げてきて「私と一緒ですね?」と話しかける。
向こうも収拾がつかないと言わんばかりの諦めの表情で「そうだな」と答えれば、知らないうちに二人でクスクスと笑いあっていた。
お互いに肩の力が抜けてすっきりしたような感じ。それからは、他愛のない話しをずっと喋り続け、そろそろアゴが疲れたかもってくらいに宿泊地に着いた。
宿泊地に選ばれたのは小さな村だった。事前に連絡が届いていたらしく、村をあげての大歓迎っぷりです。ちょっとしたお祭り騒ぎだな、こりゃ。
美人なお姉さま方がたくさんの騎士様のおもてなしに忙しく働いている。それを眺めながら、セレス様の側に寄って話しかけた。
「私がいた村もこんな感じで護衛隊をお迎えする準備してたんですよ? 一人ひとり役割が決まってて当日はお祭り騒ぎになる予定でした」
「君はどんな役割だったのだ?」
「もちろん、ヴォルフとルークとで狩りです」
私は腰に手を当ててドヤ顔をしながらセレス様に答えた。あの時は狩りが得意だったもんね、大半ヴォルフが仕留めるんだけど。
セレス様は「適材適所だな」と笑いながら言ってるのだが、どうも止まらないくらいツボに入ったらしい。
不思議に思って聞いてみるとものすごい返しが待っていた。
「君に化粧してお酌を頼んでもかなり残念な結果しかみえてこないし、かといって馬や料理の手配などはもっと大騒ぎになりそうだからな。しかもルークをつけるあたり、君が暴走しないようにと村人達もよく考えたものだ」
がーん……村人達って……みんなで私に狩りを勧めたのって、そんな意味があったのかぁ。裏事情を知ってしまった今、思わず自分の胸を見てしまった。私ってそんなに魅力なかったかしら? 頭を抱えて悶えていると「コホン」と軽く咳払いをしてセレス様がフォローしてくれた。
「君には君の魅力が充分あるし、そこまで全面的に女性らしい色気を出してこられても困るからな、今のままが良いと思うぞ」
頭をポンポンと撫でながら少し視線を外して小声で話すあたり、嬉しくなってしまう。
そんなやりとりをしている私達を、暗闇から眺めている複数の目がチラチラと村の明かりで光っているのには全く気づいていなかった。




