6話 地の龍
ドンッ
あたり一面に大きな音が鳴り響いた。世間のみなさんがお仕事に行くちょっと前の時間だ。私も学院に行く準備の途中で感じた衝撃だった。
「あら地震じゃないの、ここに来てから初めてかもね。厨房いかなきゃ」
避難訓練は学校でも会社でもよくやっていたから、まずは窓と扉を開けて、厨房の火の処理が大丈夫か確認した。少ししたらヴォルフが側に来てくれたので、安心して家の中を確認してまわる。
「よかった、火の処理は大丈夫ね。あとは街に火の手があがってないかしら?」
玄関から街を眺めるが、見える範囲内での異常はないようだ。
家の中に戻ると、ランドルフさんやクロエさんが階段の手すりに掴まったまま、青い顔をしながら、使用人さんたちの無事を確認していた。
ルークは腰を抜かしたり泣いてる侍女さんたちを助けにまわってる。あ、ちょっとかっこいいわ、うちのお兄ちゃん。ランドルフさんにセレス様の所在を確認したら昨日が泊まりで不在だとのことだった。向こうは向こうで王宮の確認作業に追われるだろうから、場所の確認がとれるなら良しとしようか。
それぞれが落ち着きを取り戻した頃、ひと息つくためにランドルフさんがお茶を出してくれた。
「アリスさんは地の龍を恐がらないのですね」
「地の龍?」
「はい、このゼフュール国の中心は地の龍が支えていると言われています。龍の眠りの邪魔をしたり機嫌を損ねたりすると暴れて地面が揺れると伝えられてるものですから」
「そのお話しは初めて聞きました。アルから借りた建国記にも書いてなかったような……」
「子供の寝物語でよく伝えられる話しです。地の龍が暴れると人さらいが起きる、悪い子供は人さらいに遭うから早く寝なさい、と」
「寝かしつけのお話しですか。ふふ、可愛いですね」
「小さい時には一度は聞く話しですよ。だから地の龍の恐さはこの国の人に刷り込まれているのかもしれませんね」
へえ、やっぱり不思議の国には不思議な言い伝えがあるのね〜。真相はどうかわからないが、魔物や魔石があるのだから、龍がいたって当たり前なのかもしれない。
「昔の私が居た場所では地面が揺れるのは特別珍しいことではなかったんですよ、だからある程度の心構えはできてます。でも、地の龍が暴れるってことは何か原因がありそうですよね。ヴォルフと一緒に王宮に行ってみようかな?」
「王宮も街や各領地からの報告や対策で大変かと思われます。日を改めてから伺った方がよろしいですよ?」
ランドルフさんに言われ、その日は待機のような、事後処理のようなことをして過ごした。
次の日、学院から一斉に連絡があり、今週はお休みに決定した。やっぱり災害だもんね、領地や実家気になるだろうし、納得。
家の人達の慌てぶりをみても、今週は学院行ってもマトモな授業にならなさそうだし、と考えてたからちょうどいいかも。
「おう、アリス、今日はサボりか? 地揺れは怖くなかったか?」
「うん? 学院はお休み。行っても勉強ならないでしょ、たぶん。地揺れは昔の私が体験してるの。対策はとれるから落ち着いてれば大丈夫だと思う」
最初にアルに会ったので、話しながら王族のみなさんが集まるあたりに連れて行ってもらった。対策がとれる、という言葉にアルが反応する。事情を説明したら感心されちゃったよ、地震の原理は理科の授業とかでもざっくりとやるからね、知識としての対策は可能だ。
しかし、ここは不思議の国ですからねぇ、龍様のお怒りが及ぼした影響について聞いとこう。
実は、地の龍が動いた日から、日を追うごとに各地の魔物の動きが活性化しているとのことだった。特にユフローネ近辺のイヴァン領はかなりの被害が出てるらしく、必要な時以外は外出しないように規制までかかりそうな様子になっているらしい。山脈に接しているアドラーも例外ではないが、こちらはイヴァン程の荒れはないようだ。
もともとユフローネ山脈付近は魔力の強い魔物が多く生息している地域なのだが、今回の活性化で、普段は捕食されるべき小さな魔物までがお互いに攻撃し合っている有様だという。
討伐のためにベルナルド様が隊長の緊急部隊が結成され、近々出発することになるようだ。比較的魔物に荒らされていないアドラーには、バクスター様が討伐隊でいずれ赴くことになるらしい。
私はクロモント山行きのための護符をもらいにバクスター様の執務室に伺った。
「こんにちは、お忙しい時に面倒なお願いしちゃって申し訳ありません。先生も準備で大変でしょう?」
「僕は全体をみて指示するだけだから大した労力使わないよ。お出かけが面倒なだけ。だって、ムッさい男どもに囲われるよか学院の女の子の方が楽しいもの〜」
ああ、そうですかい。先生の性格はそんなもんでしたね。
でも押さえるところは的確だからすごいよね、取捨選択がうまいんだろうな、きっと。
「アリスちゃんに聞こえた神託も地の龍と関係してるのかねぇ」
「それはわかりません。ただ、自分でも感覚でしかわからないんですが、今行かないとダメなような気がするんです」
「アリスちゃんがそう感じるなら、それが正解でしょ? セレスも馬鹿だよね〜、君が大変な時に引っ込みが付かないような事態にしちゃってさ〜」
引っ込みが付かないってクローゼ嬢の招待のことだよねぇ……最初の元凶を作った当人が言うセリフかね、それ。
「アル君が護衛についてくれるんでしょ? 今のセレスよりある意味頼りになるかもよ〜。何せ今のセレスってば冷静な判断しろって言っても無理なくらい君に夢中だし〜」
「なっ……恥ずかしくなるようなこと言わないでくださいよ」
一緒に来ていたヴォルフがバクスター様に向かって尻尾を勢いよくスィングした。おお、脛にヒット。痛そ〜。
「痛った〜ぃ。ヴォルフ様だってセレスのこと認めてるんでしょ? 今はお馬鹿丸出しだけど、落ち着いたら頼りになると思うし〜。あとはクローゼ嬢をどうやって追い払うのか、だけかぁ。まあ、そのくらいの問題は片付けてもらわないとね」
ヴォルフを見ると、拗ねるようにフンッと鼻息を一つ出してその場にうずくまった。
「まあ、可愛い娘が嫁に行くと思って我慢してくださいよ、僕だって可愛い弟がお婿に行くのかと思って寂しい気持ちなってるんですから」
バクスター様とヴォルフが無言で向き合っている。これって心話を交わしているってことかな?
黙って様子を見てると、やがてバクスター様がふっと笑って私をチラ見してきた。
「ふーん、わかりました、なら黙ってますよ。ご自分できちんと説明してくださいよ? あ、ヴォルフ様からって訳じゃないですからね、セレスがいるから説明には事足りるでしょ? 全くヴォルフ様も隅に置けないなぁ、よっ、色男!」
その瞬間、体ごとしならせてバクスター様に向かって尻尾を振り抜いた。
「ゴスっ」
……すごい音したぞ? バクスター様を見ると苦悶の表情を浮かべてしばらく無言。
そして呟いた言葉が胸に響いたわ。
「ぐっ……一言多く口走ってしまう自分が恨めしい……」




