5話 ヴォルフの帰還
ぼーっとしてる。
衝撃が強過ぎて失神したのは覚えてるが。
ようやく気がついたのだが、今は自分のベッドで頭が真っ白な状態だ。
「やっと目覚めたか、この眠り姫」
「……ルーク〜。お兄ちゃ〜ん」
すごく久しぶりにルークを見た。顔つきとかも大人っぽくなっちゃって、照れちゃう。
でも、ベタベタ甘えられるルークが居るのは気分的にも楽だし、とっても嬉しいな。
甘えたがりに両手を伸ばして、ルークに側まで来てもらう。呆れて軽くため息をついたルークがこちらに寄ってきてくれた。
「びっくりしたぞ、久しぶりにお屋敷に戻ってきたと思ったらセレスティアル様に運ばれてくるんだから。病気かと心配したんだぞ?」
「ん〜、ちょっといろいろあってね、へへ」
「病気じゃないなら平気だな、着替えて大広間にくるか?」
「もうちょっとゴロゴロしてていい? 今動くと熱出そう」
ベッドの端に腰掛けて私をギュッと抱きしめてくれる。嬉しくなって抱きしめ返した。
「そっか、じゃあヴォルフをこっち寄こすか? さっきセレスティアル様に会ってたぞ、もう終わったと思うが。何かさっきのあいつ迫力あったけど」
「え? ヴォルフ帰って来てるの? 着替えて会いにいく!」
パタパタと廊下を早歩きしながら広間に向かう。小走りに近いが、愛しの彼に会いたいのだ、ここは目をつぶってもらおう。
「きゃっほーい、ヴォルフ、会いたかった〜」
ヴォルフに飛びつき、そのモフモフを充分に堪能する。ああ、癒やされるわぁ。ヴォルフも嬉しく思ってくれてるのかな、尻尾の振り幅がハンパないし。あまりの嬉しさに耳元にキスを落としながらキャッキャと笑ってると、少し離れたところからコホン、と咳払いが聞こえた。
顔をあげると、ヴォルフがスッと私の視界を遮るように前にでて、セレス様と私の間に立った。軽く威嚇するように小さく唸っている。おいおいヴォルフさん、何もそこまで警戒しなくても……
「ヴォルフ殿、アリスに手出しはしませんから」
参ったと言わんばかりに両手をあげて許しを乞う姿勢だ。
「セレス様、ヴォルフに何か言われたんですか?」
「ああ、散々怒られた。大事な可愛い娘に発情するな、とな。私もヴォルフ殿を心配させるようなことはしていないし、とは言ったのだが……所詮いい訳にしかならんな」
は、発情って……またまた失神前みたく顔がボッっと赤くなってしまい、手でパタパタと扇いで火照りを鎮めようとした。それを心配してセレス様がこちらに歩み寄ろうとしたらヴォルフに唸られてその場に留まるという、何とも微妙な攻防戦が繰り広げられている。
「セレスティアル様もヴォルフもアリスを心配するのはいいですけれど、どちらも違う方向に向かって過保護ですよ。もっと放っといても平気ですって。何せアリスですから」
クスクスと笑ったルークが、二人をなだめるようにやんわりと諭す。何よその言い方、人を放置可能な野生児みたく……
でも、取っ替え引っ替え心配顔されるよかいいから、ルークのいい分で良しとするか。
笑い顔から一転「それより」と真面目な顔になりながら、ルークが言葉を重ねる。
「アリスに神託が、とかの話しが漏れ聞えたんですが、私には理解できませんでした。どういうことか、詳しく教えてもらえますか?」
言葉がキツい言い方にならないようにセレス様に向かって、しかし半分問い詰めるような表情で質問をしてる。
私もみんなに説明しないと、と思っていたので、ちょうどいい機会だわ。
「私から説明します。昨日のことなんだけど、セレス様の執務室に伺ったんですよね?」
セレス様を見ながら話す。昨日のあれこれを思い出しちゃって、頰が熱くなるのがわかったけど、一つ深呼吸して落ち着きを取り戻した。セレス様は真顔てコクリと軽く頷くと先に話しを進めるように黙っている。それを確認して、ルークとヴォルフに向かって話し始めた。
「頭の中に女の人が話しかけてきたのよ、見つけたって言われたわ。それから山に来てちょうだいっても言われたの。たぶん記憶持ちの記録から考えてもクロモント山かなって」
「確かクロモント山に登った記憶持ちは帰ってこなかっただろ? お前もどっか行っちまうのか? 俺はまた家族をなくすのかよ?」
責めるように呟くルークにちょっとだけ泣きそうになりながら答える。
「まだわかんない。前の人は何か事情があって帰れなかったかもしれないし。誘ってきた女の人が全部知ってるはずだから、一度行ってこないと。私は絶対帰って来るよ?」
みんなに安心させるように、はっきりと宣言した。そうでもしないと心が揺れそうで、自分で自分を奮い立たせた。
うん、口に出してみると頑張れそうな気がする、帰れないなんて運命は受け入れない。
そうと決まったなら早速山に行く準備をしなきゃね。
「今回のクロモント山には、ヴォルフについてきてもらおうと思ってるの。何処かの領地に行くわけじゃないから、いいですよね?」
最後の言葉はセレス様に向かって問いかけた。向こうも同じ考えだったようで、納得した顔で一つ頷きながら答えてくれた。
「レオナルド兄上の許可は問題なく下りると思う。私も君の護衛として任務につけるように申請しておく。ルーク、君はこちらに残ってくれないか?」
「はい、同行したいのは山々ですが、私はエイキム行きの準備もありますので、アリスの件はセレスティアル様とヴォルフに託します。絶対に怪我させないように無事に戻ってきてください」
ルークのエイキム行きっていうのがどういうことか、不思議だったので尋ねてみると、執事修行の中でちょっとした話しがトントン拍子に進んで実現したとのことだった。
というのも、修行していた家にエイキム領主の執事さんがいらっしゃる時があって、ルークをいたく気に入ってしまったということなのだ。ルークと私がエイキム領出身ということもあって、領主の館に誘ってもらったらしい。
エイキム領主はご高齢のために近々引退も視野に入れているらしく、時期領主のための執事も選別しなければいけない時期なのだそうだ。
領主引退までの間に、みっちりと仕込んで一人前の執事となれるように、先方の執事さんも張り切ってるらしい。
ルークが将来の領主の執事なんて、ものすごい出世じゃない。嬉しくなって私はルークに抱きついた。
エイキム領だったらマーサや村の人達のお墓まいりとかもできるね。ルークも私もようやくあの襲撃を受け止めることができるようになったから。いつか、あの村に赴いて、二人でお酒でも飲みたいな。
次の日に王宮にセレス様に同行してもらい、レオナルド王に同じように詳細を説明した。ヴォルフの件は問題なかったのだが、セレス様が私の護衛をする、というところで静止がかかった。護衛の任務の責任者はアルにする、と言われた。
セレス様にはクロランダのクローゼ嬢から領地に招待を受けているので、一旦領主と話し合いをしてから私のクロモント山行きに合流するように、とのことだった。
本人はクロランダ行きのことなど、すっかり頭から離れていたようで「あ……」と口元を押さえながら苦渋の表情を浮かべ、すぐに王様の言葉に従う礼をとった。
衝撃告白で舞い上がっていた私は、世間ではクローゼ嬢がセレス様の婚約者候補として認識されている事実を思い出し、冷や水を浴びせられた気分だった。
知らないうちに独占欲に支配されていたみたい。自嘲気味にその場に佇んでいたらヴォルフが近くに寄り添ってしきりに顔を舐めてきた。まるで元気を出せと言われているようで、やっぱり私にはまだまだヴォルフが必要だ。私のヒーロー、大好きだなって思いながらギュッと抱きしめて私自身の心を癒した。




