6話 アルフレッド第二王子
廊下に出て少し歩くと心配顔のルークが私を見た。
「どうした、その顔。なんか変なこと言われたのか?」
「何でもないよ」
ギュッとルークに抱きつき、頭を撫でてもらってたら元気がでてきた。ヴォルフも少し元気になった私を見て、尻尾を振って体を擦り付ける。
ルークと手を繋いで、私達が元いた部屋まで戻り、先ほどセレスティアル様とリアン様から話された内容を伝えた。
ルークと話し合った結果、セレスティアル様からの提案を受け入れることが最良ということで、今から二人(と一匹)でお願いに行こうと思っている。
セレスティアル様の執務室に再び通され、ルークの身の振り方やらを話し合っていると、不意に外が騒がしくなった。
リアン様が音に反応して顔をあげる。
「到着されたようですね」
「……そのようだな」
セレスティアル様が少し不機嫌になりながら、窓から様子を伺う。
と、ガチャリと扉が大きく開け放たれ、
「叔父上〜。お久しぶりです。会いたくて目一杯馬を駆けさせましたよ〜」
今の私と同じくらいの年頃の男の子が部屋にバタバタ駆け込んできて、満面の笑みでセレスティアル様に話しかけた。セレスティアル様は眉間にシワを寄せて親指でぐりぐりと押さえながら応対する。
「アルフレッド、もう少し落ち着いて行動しなさい。部屋の出入りもなってない。それに出立の前に挨拶に行ったので、まだ十日程しか経っていないだろう」
「十日も、ですよセレス叔父上。毎年護衛任務の時期はずいぶん我慢しているのですから」
「……その叔父上というのはやめてくれないか? 私が急に老け込んだ気分になる」
疲れ切った表情のセレスティアル様をみて、リアン様は俯き肩を震わせている。
書類で上手く隠しているようにしているけど、脇から丸見えですよ〜
呆気にとられている私達は眼中にないらしい。
そんなことはお構いなしとばかりにアルフレッド様は身振り手振りをつけてどんどん話す。
「父上の弟君ですから叔父上で合ってます。確かに兄上とほぼ同年代ですので抵抗はあると思いますが、私も慣れたのです。いい加減に叔父上も慣れて下さい。それに来年から私も王立学院に入学するのです。きちんとした言葉を勉強しなければ」
「言葉もそうだが礼儀が先だろうに……」
元気なアルフレッド様と対照的にどんどんぐったりしていくセレスティアル様。
笑いを堪えるのに必死なリアン様が、声を抑えながら間に入る。
「アルフレッド様、お元気そうで何よりです。早速ですが、記憶持ちの少女を紹介したいのです。よろしいですか?」
「ふむ……しょうがないな。叔父上の頼みだから王都までは連れて行くが。リアン、本当にそれ程の価値がある者なのか?」
アルフレッド様は不満そうな態度を隠しもせずに私の方に向き直る。と、その瞬間、ビクンと体を竦ませて『気をつけ』の姿勢をしながら真顔になった。
一、二分、直立不動の姿勢を取ったかと思ったら、徐ろに口を開いた。
「……はい、はじめまして。アルフレッドと申します。以後よろしくお願いします」
私に向かって深々と頭を下げながら、戸惑ったようにセレスティアル様に視線を送る。
いきなり畏まって挨拶された私は、軽く首を傾けて顎に手をあて不思議そうにアルフレッド様を見つめてしまった。
セレスティアル様はくすりと笑ってアルフレッド様と私を交互に見た。
「どうやらヴォルフ殿から心話でお叱りを受けたようだな。初めてだろう、心話を体験したのは。私も先日初めて体験したよ」
「はい、びっくりしました。話しだけは聞いておりましたが、不思議な感じですね」
なるほど。私に向かってではなく、ヴォルフに向かって話してた訳ね、納得。
恐る恐るといった視線をヴォルフに送りながら、私の側まで近づいてきた。
「私はアルフレッドだ。君が記憶持ちだろう? 今までの記憶持ちは成人だと聞いていたが、今回は幼いのだな。私ほどに教養があるとも思えんぞ。こんなので国に貢献できるのか? 知識もそれほどあるとは思えないが」
カチンときた。
こいつ、自分が一番のオレ様野郎だ。
ならばこっちは大人の態度で対応してやろうじゃないか。
私はスッと立ち上がって軽くスカートの裾をつまみ、丁寧にお辞儀をする。私ができる精一杯の挨拶をしてやろうじゃないか。
「お初にお目文字いたします。ヨハンとマーサが娘、アリスにございます。この度は私共の為にご足労いただきまして誠にありがとうございます。王都までの道中、ご面倒をお掛け致しますが、何卒ご助力賜りますよう、お願い申し上げます」
ふん、どうだい。これくらい言ってやれば少しは馬鹿にされないだろうよ。
顎をツンと逸らして挑戦的にアルフレッド様を見つめ返した。
アルフレッド様とルークは口をあんぐりと開け、セレスティアル様とリアン様は軽く目を見張りながら皆一様に私を見る。
……しまった。ちょっとやり過ぎたかな。
「コホン、アルフレッド。とりあえずアリス嬢の護衛を頼む。それから隣の男の子はルークと言うのだが、私の家まで連れて行ってくれ。執事のランドルフにこの書類を渡せば問題ないようにしておく」
咳払いをしながらセレスティアル様が細かく指示を出し、引き継ぎを始める。
アルフレッド様も我に返ると、書類を受け取り、内容を一つ一つ確認する。
私達が所在無さ気にしてるのに気づいたリアン様が、退室するように目で促してくれた。
一礼して静かに執務室から出るとルークが複雑な顔で後からついてくる。
刺すような視線をたまにこちらに向けてくるのが痛い。
たった数十秒が永遠とも思える長さに感じた。部屋に戻るとルークが振り返って怖い声で私に問いかけてきた。
「……アリスお前……誰だ?」
「……誰って……普通にアリスだよ」
私の答えに不満全開のルークが吐き捨てるように言葉を重ねる。
「あんな挨拶とか、王族の保護だとか……本当にオレの妹かよ。全然違う人間じゃねぇか!」
「私は私。ルークの妹で家族だよ。ヴォルフもいるけどね。今までも、これからも」
ちょっと泣きそうになりながらルークを見上げて笑顔で答える。
やっぱり森から拾った子とか、急に自分の知らないことやり始める子とかって怪しいよね。
気持ち悪いと言われたなら一人ぼっちになってしまうけど……しょうがないな、森の中にいた時に戻るだけだ。大丈夫、ヴォルフとだったらやってける。私が魔物に喰われてこの人生を閉じるまでの辛抱だもんね。
今の私って、上手く笑えてるかな?
ルークが私の両肩に手をかけ、しばらく唸っていたが、やがて「ふうっ……」と息を吐き、何かを吹っ切ったようにギュッと抱き寄せた。
「お前はオレの妹だ。絶対、絶対どこへも消えるなよ」
「え? いいの? これからも妹やっていいの?」
「当たり前だろ、そんなの。唯一の家族だ」
「うん、ありがとう。最高のお兄ちゃん」
抱き返しながら嬉し涙が一雫流れ落ちた。
「ねぇ、今晩は眠るまで手を握ってもらっていい?」
「しょうがねえな、やってやるから早く寝ろよ?」
ちょっと甘えん坊なおねだりに、困ったような恥ずかしいような表情を見せたルークが、ガシガシと自分の頭をかく。
「ほら、早くしろ」とベッドへ促されて笑いながら目を閉じた。
家族の愛情と優しさを噛み締めながら、ずっと幸せでいられますように、と願った。




