4話 宴の後
「全く、何であんな簡単な罠にはまってしまったのですか?」
「私も迂闊だったと反省している。クローゼ嬢がアリスの店の出資について話しをしないか、と言ってきたので、ついフラフラと」
「はぁ、フラフラと、ですか……」
「ここのところ社交の場でも、、クローゼ嬢が私に寄ってくることも少なかったからな、婚約者の対象から外れたかと油断していたのも確かにあったのだ」
セレス様の執務室の扉の前でリアン様との会話が洩れ聞きこえてきた。完全に扉が閉まっていなかったようで、弱り切ったセレス様の声が聞こえる。
「彼女が、アリスが兄上とアルフレッド、それぞれと踊っているのを眺めていたら、何も考えられなくなって……うわの空で返事を返していたらあの状況から回避できなくなってしまった……」
「それにしても、連続で踊るのはマズいでしょう。公認カップルと受けとられても仕方ないですよ」
「だから困ってる……」
頭を抱えながら深いため息をつく姿が隙間から見えた。
何も考えられないって……私のせい?
ちょっとドキドキして顔が熱くなってきてるのがわかった。何だろう、嬉しいような恥ずかしいような……
リアン様は腕組みをして呆れた声でセレス様を問い詰めているみたい。
ノックをするタイミングを外しちゃたし、ここで会話の切れ目を探ろう。
「その病に有効な薬は無いですよ、本当に。それで、クローゼ嬢の招待を受けるんですよね?」
「受けるしかあるまい。領地に誘われてから踊ってしまったのだから。何か緊急の用事でもあれば事情も変わるがな。私も不本意だが今断わって領主の機嫌を損ねるより、クロランダに出向いて婚姻の意志がないと断わった方がマシだ」
もう一度深くため息をつき「王家にとってみれば私の婚姻が望ましいこともわかるのだが……」と呟いている。
はい? クローゼ嬢の招待? 領地に行く? 私置いてかれちゃうわけ?
聞いた言葉に衝撃を受けて、胸に痛みが走った。
「痛っ……」
思わず出た声に反応してリアン様が素早く扉を開けた。
「あ……ごめんなさい、声をかけるタイミングがなくて。昨日のパーティーのお話しでもしようかと思ったんですが、また今度にしますね」
「構いませんよ? 私は別の用事があるので、こちらでゆっくり話しをしていってくださいね?」
そう言ってリアン様はさっと部屋から出て行ってしまった。遠慮する暇もなく取り残されて、しばし呆然とする。
どうしよう、セレス様の顔がまともに見れないんだけど……
ああ、この少女マンガのような演出は慣れてないんですって! 乙女モード入ってどうするのよっ、アリス、あんた卒業まではお子ちゃま宣言してるんだからねっ?
自分で自分に喝を入れてると、
「アリス、百面相はやめなさい。淑女はそんな顔しないぞ?」
「ほぇ?」
「ほぇ、ではないだろう、にこやかに笑ってはい、と返事をするのが正解だ」
もーっ、人が何かいい感じの気分に浸っているのにぃ。何その的はずれな受け答え。しかも、さっきのリアン様にやり込めらた表情なんか欠片もないじゃない、こうなったらもう一度私がっ!
「クロランダのクローゼ嬢に会いに行かれるのですよね? 向こうに行ったら、ものすご〜い素敵なおもてなしを受けそうですね、羨ましいですわ〜」
「今のところ、招かれるより優先される事案がないからな。クロランダはワインの名産地だ、食の面だけでも楽しみが増すな」
んまぁ、負け惜しみなんか言っちゃって!
さっきはリアン様に行きたくないって愚痴こぼしてたはずなのにねぇ。この捻くれ者がっ!
「そ、それじゃお土産は美味しいワインでも期待しておきましょうかねぇ」
「君にワインを楽しめるほどの舌があるとは思えんがな、もう少し酒を嗜む年齢になってからの方が良いのではないか?」
「んまあっ!」
こちらに寄ってきていたセレス様に向かってツカツカと歩きだした。ムカムカした気持ちを込めて握りこぶしをそのお腹に一発!
……と思ったら、しっかり両手でキャッチされてしまった。キッと見上げると、ふふんと鼻で笑われた。
「一度食らった失敗は二度目は回避するのが当たり前だ。あの村での拳は効いたからな」
くっ、ならば蹴りだっ!
当てにいった足を持ち上げられて一気にバランスを崩した。「きゃあっ」と言うのと同時に体ごと抱き込まれ、唇が触れ合う距離まで迫る体勢になった。
……キスされる! と構えた瞬間。
ん? セレス様ってば固まってるし……
ふっと唇にセレス様の吐息を感じたが「止めておこう」と言いながら、ストンと立たされた。
あー……まさかの寸止め……
半分期待しちゃった自分がやたらと恥ずかしい。
この場の雰囲気どうすりゃいいのさ……
居たたまれないままに二人で向き合って沈黙の時間が微妙に過ぎていく。
その時だった。
『見つけた! お願い、もう逃げないでね』
ふいに聞こえてきた声に「え? 何?」とセレス様に顔を向ける、が、怪訝な顔をされるだけで声が聞こえた風でもない。
「今、聞こえましたよね? 女の人の声」
「ここら辺には君しかいない。気配もないが?」
『ここにいらっしゃい。あなた達で言う山? になるかしら? 待ってるわ』
……私にしか聞こえないの? 山? 誰かの罠?
さまざまな疑問が頭の中に湧き上がる。じっと考え事をしていたら
「……リス、アリス、どうした? 具合が悪くなったか?」
ふっと顔をあげると全身から心配オーラを出しているセレス様と目があった。私の頰に手を当てて熱がないかを確認しにくる。
もう、触られると余計に顔が熱くなるから遠慮してよ、恥ずかしいからさぁ。
「すみません、女の人が私を誘うんです。罠じゃなければ……山に行かないといけないのかしら? 山ってどこかな、クロモント山?」
セレス様に返事をする途中から、ぶつぶつと呟くように頭の中を整理していく。私にだけ聞こえる声だし、と思っているうちに、はっと気づいた。
「神託……」
「神託だと? 昔の話しにあったあの神託か? なぜ今?」
セレス様にもいろいろな疑問が生まれてきてるようだ。
でも、これが神託かもしれないっていうのは自分でも感覚としてわかる。
前の記憶持ちの人は神託を受けて山へ登ってるはず。ということは、一度登ったら戻ってこれない? 私のアリスとしての生活が終わるってことなのかしら?
「やだ、私まだ行きたくない……だって自分の力で生きるって。マーサやおじさんの分まで生きるって……」
半分ショックを受けたような哀しい気持ちが心を支配し始める。知らず、涙が出そうになるが、今はだめだ。ぐっと堪えよう。セレス様に心配させちゃいけないよね。
まずは一人になって状況を整理しないと。私は何をしなければならないのか、もしかして山に行く以外の方法もあるかもしれないしね、方法は一つとは限らない。
足掻くんだ、最後まで。意を決して自分の胸をトントンと軽く叩く。
セレス様の方が具合悪いんじゃないっていうくらいの表情をみて、安心させるようその手をキュッと握り、「うん、大丈夫ですよ」とニッコリ笑って、何事もなかったかのように部屋から出ようとした。
グイっと腕を引かれて「きゃあっ」とまた悲鳴をあげてしまった。何なのよっ!
セレス様が腕の中にすっぽり収まった私を抱え込み、髪の毛を梳きながら耳元でこう囁いた。
「だめだ、行かないでくれ。君が目の前からいなくなったら、私はどうすればいいのだろう。お願いだから私の側に、いや、私を君の側に居させてくれ。君の隣は誰にも譲らない、私の全ては君のものとして扱ってくれても構わない」
……マジか……ある意味キスより強烈な告白……
ガスコンロみたく、火がついたようにボッっと顔が赤くなるのが自分でもわかった。
こ、れは……キャパオーバーだわ……
頭がスパークして意識を手放した。
ホントはタイトルを「下僕宣言」とつけたかった……




